批判―学術的議論における基本的作法と批判的思考研究

この記事では、学術的議論における基本的な方法的態度である「批判」を解説します。ここでいう「批判」とは、研究における論証の妥当性を高めていくための指摘とします。記事の後半では、「批判的思考」そのものに関する研究を紹介し、一般的に理解される「批判」との違いを明確にします。

「批判」ということばをポジティブに受け止めている方はおそらく少ないはずです。一方で、学術的なやりとりを行う上では、批判的な思考・行為は欠かすことができない基礎的作法と呼べるものです。

しかしながら、学術論文においては、論者によって「批判的思考」の定義の仕方は微妙に異なり、その捉え方次第で態度・方向性も変わりうるものです。それぞれの人が「批判」をどのように捉えるかということ、それ自体に「批評」性が宿ります。ここでいう「批評」とは、誰しもが持ちうる違和感に対する精神的態度を指します。詳しくは、下記の記事も併せてお読みください。

批評―「わたし」と「歴史」に対する批判的対峙

2020.06.10

この記事を読むあなた自身が、「批評」精神を持って「批判」的に思考する一助となることを目指して以下の記事を書いていきます!

学術な批判とは何か

学術的な議論においては、常識的な思考や態度として「批判」を捉えていることをまずは抑えましょう。そのためにも、「学術的」とされる議論の特徴を整理します。基本的に学術的な議論は「研究」を促進するために行われます。研究では、「新しい発見」をすることが目指されます。なぜなら、研究成果として意義づけられるのは、「未知を開拓」したり、「既知を検証・再定義・解釈」したりすることだからです。

研究成果として提示された発見をどのように「新しい」とするかを検討するためには、その内容の「妥当性」を研究者同志で共有する必要があります。そのため、「批判的な検討」は研究者にとって常識的な態度ということになります。研究内容を批判的に検討するための項目例を挙げてみましょう。

  • 先行研究の知見を正確に踏まえているか
  • 先行研究の問題点・課題をどのように位置づけるか
  • 問いの設定は妥当か
  • 主要な概念を適切に定義しているか
  • 論述する方法・分析は適切か

議論の対象とする研究の問題設定や方法論に即して細かく検討しあい、研究の妥当性を高めていくことが批判(的態度)です。もちろん、このような(曖昧ではありますが)概念定義そのものも、批判の対象となり得ます。

学術的な批判のための引用

学術的議論にあたって、「概念を適切に定義」することは重要な作法の一つです。概念定義をする際、先行研究における言及を参照することがよく行われます。ここでは、そのような引用方法について例を挙げましょう。学術書・論文では、文献の引用をするにあたって「名前 (西暦)」と記述します。その理由をいくつか挙げると、

  • 研究の妥当性を検証、あるいは別の研究者が参照するため
  • 参考文献先を省略し、記述量を減らし、読みやすくするため
  • 「執筆者」ではなく、その当時に書かれた「文献」として参照・批判するため

などがあります。特に、最後の「文献」として扱うためというのが重要だと筆者は考えています。研究として批判的に議論する上では、直接的に「執筆者」を対象に批判するのではなく、あくまでも「その時、その文章で書かれた内容」に対して批判することが含意されています。もちろん、これはあくまで「研究」を行う「人間社会」の暗黙知のようなものなので、必ずしもこのような倫理観があるわけではありませんが。

「批判」に対するネガティブ・ポジティブな捉え方

「批判」と呼ばれる営みでは、その批判対象とする内容への妥当性が問われることから、なんらかの「正しさ」が問われていると言えます。そうした「正しさ」の追及は、なんらかの価値観が前提となって行われます。そのような価値判断に対して、「嫌な感じ」「苦手」という印象を抱き、「批判」ということばそのものにも同様な印象を抱く人もいることでしょう。

しかし、よくよく考えると、その「苦手」「嫌な感じ」という態度そのものも、「批判」を重視する人に対する批評精神の現れです。こうしたことから、「批判」はコミュニケーションを介して否が応でも拡張していき、むしろコミュニケーションを行う以上はあまねく付随する性質といってもいいものです。

しかし、だからこそことばを「定義」するといったことが重要性を帯びてきます。「なんとなく使っていることば」を「なんとなく」のまま用いた議論は平行線を辿りそうです。そんな時には、「批判」的にことばを定義したり、相手に応じて検証したりするプロセスを踏む必要が出てくるでしょう。

こうした「批判」は必ずしもネガティブで「攻撃」的なものではなく、むしろ「対話」的なものと言えそうです。つまり、批判的に検証するために、対象や相手の議論の内容を理解するように努め、その理解に応じた思考をし、必要に応じて学修を進め、自らの論述を投げ返すという、至極面倒だけれども、異なる意見・価値観を持つ人との間に必要なコミュニケーションの技術とも言えるものです。

批判的思考研究とは何か

批判的思考研究の特徴

次に、「批判的思考」と呼ばれる考え方に対する研究を紹介しましょう。この研究群では、「批判的思考」の特徴は何か、その特徴はどのようにカテゴリー化されるか、どのように身に着けることができるか、といったことが問われます。このタイプの研究では、特に教育学分野や類似した問題意識から実践を行う研究者によって、批判的思考がもたらす効用(例:市民社会の形成、リテラシーの向上、社会の変革)が説かれ、問題提起と変化が積極的に求められる傾向にあります。

批判的思考研究の課題

一方、「批判的思考」を重視する研究群に対して、三つの課題を指摘するのが小柳和 (2003) です。これまでの「批判」に対する説明を相対化するためにも、参照しておきましょう。

一つ目が、批判的思考を個人ベースのテクニックとみなすことです(ibid, 2003: 14)。特定の社会の制度、文化的な振る舞いやそれらに応じた人々の生活・関係性があることを考慮せずに、抽象的な「論理性」を提起するだけでは、批判的思考がもたらすとされる効用は働かないことが想像できます。その意味で、「批判的思考」そのものを個人に限局することを批判的に指摘しています。

二つ目が、批判的思考が「どの程度、一連の一般的な能力や態度として特徴づけられるかという点」です(ibid, 2003: 14-15)。抽象的に「批判的思考」の重要性を論じても、そのような思考を必要とする出来事は個々具体的かつ、特定の課題や事象にはそれに応じた専門性が必要です。そのため、「批判的思考」こそが重要な態度と論じられても、専門性の高い領域のことはまた別の思考・技術を抜きには判断できません。むしろ、当の抽象的な「批判的思考」の曖昧さが問題として浮かび上がってしまうと言えるでしょう。

三つ目が、批判的思考やそれに付随する合理性をスタンダードとして根拠づけることには特定の価値観が前提とされていることです(ibid, 2003: 15)。一般に学問は西洋を中心に発達し、また男性がその中心的な主体を担ってきた歴史を鑑みると、文化的バイアスが先行している可能性が捨てきれません。これまで文化人類学が見出してきたような人間の多様性を挙げるまでもなく、文化に限らず、個々の人々の考え方は多様です(当然、多様であるはずなのに一定に収斂する思考形態を問うことも重要でしょう)。

最後に挙げた、批判的思考の第三の課題はいわゆる「理性主義」に対する批判的議論です。批判には「価値判断」が含まれ、その前提となる考え方の根底には「モラル」の問題があります。その「モラル」は単に理性的な思考によって考えられるものではなく、また当然、理性的に作られるのでもなく、個々人の身体や感情を介して作られるものです。

先ほど、「批判」に対する「嫌な感じ」を持つ人もいることを例に挙げました。まさにそのような「感じ」は身体レベルで生まれるものです。例えば、何十mもの高所の縁に立った瞬間、「ゾクっとする」ような恐怖感は身体的反応と「高いところから落ちたら怪我をする」といった危険性を認識することなどが絡み合って生じるものです。

おわりに

昨今の認知科学的研究では、このような身体レベルの経験や思考などを踏まえた知見が生まれています。身体性だけではなく、「論理」「理性」重視で考えられること(思考、制度、判断 etc.)に対する有限性(≒一定程度の限界)もさまざまな視点から指摘されています。もちろん、だからといって「理性は重要ではない」というのはあまりにも短絡的なのは言うまでもありません。個々の状況や事象をどの視点から、どのように議論するのか、また判断するのか、一つひとつ丁寧に考え、学びを得ていく必要があります。

【「演繹法」「帰納法」の記事へのリンク】

この記事では、学術的な「批判」の常識的な側面と、「批判的思考」研究によって広義に扱われる「批判」の特徴や課題を挙げました。しかし、紹介した内容は、ある程度、学術的なことに精通している人には物足りないものです。人文社会系の研究による批判的議論を理解する上で最低限必要な知識やその態度は数多くあります。その一部は、「批評」の解説記事でも紹介したので、参考にしてみてください。

【「批評」の記事リンク】

また、人文社会系に限らず、(自然・情報)科学研究を推進する上でも、批判的思考は欠かせません。研究に限らず、学習を進める上では、基礎的な思考や態度を身に着けることが重要です。「頭ではなんとなく知っている“つもり”」を抜け出しつつ、「なんとなく“当たり前”」と思っていることを時に疑い、それでいて自身や他者の「感性」にもまなざしを向けることを、少しばかり意識してみてください。

参考文献

読書案内

批判的思考と市民リテラシー 教育、メディア、社会を変える21世紀型スキル
楠見孝, 道田泰司[編], 2016年, 単行本
知的面白さ
重要度
難解度

批判的思考研究と関連する議論が幅広くまとめられている書籍です。例えば、高次リテラシー、市民リテラシー、情動、言語的/非言語的推論、初年次教育、文化的自己観と思考、音楽教育、人口に対する認識、投票行動、トランス・サイエンスと探求共同体、信頼感とコミュニケーション、群衆と個人の心理バイアス、ネットリテラシーなどです。一つひとつ、掘り下げれば個々の専門的な研究領域に当たります。「批判」を扱う研究の中でも、関心ある分野を探すヒントになりうる一冊かもしれません。

理性の限界 不可能性・不確定性・不完全性
高橋昌一郎, 2008年, 新書
知的面白さ
重要度
難解度

シンポジウム形式で、研究者・学生・アスリート・会社員などが集まって討議しながら、著者である司会者がさまざまな「理性の限界」例を挙げていく新書です。一つひとつの議論が精緻に掘り下げられるわけではなく、ある程度詳しく議論されるものもあれば、流されるものもあります。一方、これまでの研究において明らかにされてきた、「不可能性・不確定性・不完全性」が解説され、それに対する様々な考えが入り乱れる様子を楽しみながら読み進めることができる一冊です。この本は良い思考の訓練にも適しているので、ご自分の関心や問題を探求する入り口にしてみてください。


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