翻訳の真髄「等価」とは ― 形式的等価と動的等価

多くの人が想像する通り、翻訳とは「ある言語から他の言語に変換する作業」です。しかし、その言葉が示すほど単純明快なものではありません。

実際には、文化差異、言語的特徴、書き手の意図など、複数の要素が複雑に絡み合っています。そして、翻訳者は「原文と訳文を等しくする」ように努力します。これを「等価」と呼びます。もう少し詳しく見ていきましょう。

「等価」とは?

“take”という単語は日本語に訳した場合、どのような意味になるでしょうか?

”take a shower”だと「シャワーを浴びる」になりますし、”take a medicine”では「薬を飲む」と訳すことができます。

このように異なった言語間で全く同じ意味が対応することは単語レベルから見ると不可能であることがほとんどです。

しかし、実際に翻訳がなされる際には、できる限り「原文の意味と訳文の意味が同じになる」ように努力する必要があります。ここでの「意味」とは、その文が発するメッセージから読み手に与える効果まで、多くの要素を含みます。

河原(2013)は、翻訳を「二言語間で等しい価値(equal value)を実現すること」と定義していますが、この「価値」も上記の「意味」とほとんど同義です。
翻訳学ではこの「等しい価値を実現すること」を「等価(equivalence)」と呼びます。

等価は翻訳研究において根本的かつ必要不可欠な概念であり、「翻訳は等価にはじまり等価に終わる」とさえ言われるほどです[Chesterman 1989, p. 99; Bassnett 2002, pp. 30-36]。

等価には大きく分けて2つの種類があります。「形式的等価」と「動的等価」です。

形式的等価と動的等価

形式的等価

「形式的等価」とは、「原文(起点テキスト)の文法形式や内容に焦点を当てた等価」を指します。簡単に言えば、原文に忠実な訳のことです。

形式的等価の代表的な翻訳者は村上春樹が挙げられます。小説家として広く知られている彼ですが、実は翻訳家としても有名です。その翻訳作品は形式的等価によって独特の世界観を持っています。

具体的には、原文の文法的構造、heやsheなどの代名詞など、多くの翻訳者が読み手にとって自然なかたちに変える要素をそのまま訳文に保持したり、時には原文の単語をそのままカタカナで使用する場合もあります。

動的等価

対して「動的等価」とは、「原文とその読み手との関係性と、訳文とその読み手の関係性が同じであること」です。つまり、翻訳と気づかれないほど目標文化(訳文を必要とする文化)にとって自然な文章に訳す際の等価と言えます。原文に対して読み手ないし視聴者が持つ反応と同じものを訳文でも生み出すことを目的としています

ここまで、等価には「動的等価」と「形式的等価」の二つがあることを説明しました。つぎに、例を挙げてみましょう。

映画『テッド』における動的等価

クマのぬいぐるみでおなじみの映画『テッド』ではこのような場面があります。

John: I think back to that Christmas morning and I wish I’d just gotten a Teddy Ruxpin. (あのクリスマスの朝、プレゼントはテディ・ラクスピンをお願いすれば良かった。)
Ted: Say that again. (もう一度言ってみろ。)
John: Teddy Rux-fuckin’-pin! (テディ・ラクスピンだよ!)

この場面は、主人公のジョンとテッドが喧嘩をする場面です。テディ・ラクスピンというのはアメリカで人気のクマのぬいぐるみ。つまり、Johnは「お前なんかより、テディ・ラクスピンが欲しかった。」と言っているわけです。

ところが、日本でテディ・ラクスピンを知っている人はどれだけいるでしょうか?かろうじて、テディ・ベアを連想して、クマのぬいぐるみかな?と気づくかもしれませんが、テディ・ラクスピンと聞いて一般的な日本人の抱く印象がアメリカ人のものと同じではないでしょう。

結果的に、日本語訳は「くまモン」となっており、原文の内容が日本人向けに改良された訳文になっています。つまり、翻訳者はテディ・ラクスピンというワードの米国人に対する効果を等価させているのです。

上記の分類を提唱したナイダ(1964, 1969)は「動的等価」志向でした。彼は聖書を主な翻訳対象としており、その目的は布教であったため、「動的等価」によって目標文化に自然な訳文を生み出す必要がありました。ナイダは、「意味」は流動的なもので、文化や文脈によって異なるものであるという仮説を提唱し、これは、意味は不変であると考えられていた当時の翻訳業界にとって非常に革新的なものでした。

このように翻訳とは単純に言葉の対応付けではなく、状況や目的によって同じ原文でも訳文が多種多様になります。それが、翻訳の難しいところである反面、正解はひとつではないといった意味ではおもしろいところでもあると思います。

参考文献紹介

今回の記事は鳥飼玖美子さん編著の『よくわかる翻訳通訳学』を参考にしました。翻訳通訳学の基礎をつめこんだ一冊です。興味のあるかたはチェックしてみてください!

よくわかる翻訳学
鳥飼 玖美子、2013年12月10日、ミネルヴァ書房

その他の参考文献一覧

Chesterman, A.(1989). Reading in Translation Theory. Helsinki : Finn Lectura. P.99 ; Bassnett, S. (2002). Translation Studies. London : Routledge. pp. 30-36を参照

河原 清志. (2013). メディア英語研究への招待. 金星堂.


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    機械翻訳を代表する技術的転回が翻訳のあり方を変えつつあります。そのような拡張された時代において見えてくる言葉の本質を探究しています。今は機械翻訳を軸に翻訳学の観点から研究中。「あそび」としての学問を目指しつつ、謙虚に生きていきたいです。知識の共有と対話の学びを目指す翻訳学メディア『ワカテ翻訳』を運営。