あらゆる現象の「地図」を描く ―学術の教科書的分断からGoogle Map的統合へ―

こんにちは。16日担当の水野と申します。大学で理論化学の研究をしています。

Share StudyのAdvent Calendar をご覧になっている方の中には、いろいろな学術分野に興味があり、多様な学術分野を俯瞰して捉えたい、統合的に学知を捉えたい、と思っている方が多いと思うのですが、どうでしょうか。

私も、いろいろな分野を統合的に学びたいと思い、大学の学部は教養学部に進みました。現在は理論化学を専門としていますが、常に学術を統合的・俯瞰的に捉える視点は忘れないようにしています。

そもそも、全ての学術・技術が「善き生」のためにあり、人生には多様な相があるならば、学科ごと教科書ごとに細分された学知は、各個人ごとに適した形で再統合されるべきものである、と私は考えます。そのためには、多様な学知を統合的に捉える枠組みあるいは共通言語が必要であると思います。

そこで今日は、多様な学知を統合する枠組みの一つとして私が考えている、現象の「地図」という概念的枠組みについて、私の最近の研究成果を踏まえながらお話ししたいと思います。

水野雄太

現在は大学で化学反応のダイナミクスを研究しています。昔から地図や図鑑が好きだったので、複雑なダイナミクスの構造をダイアグラムによって図解するための理論的手法の開発が私のライフワークです。また、基本的に動くものや流れるものが好きなので、今後は化学反応以外のダイナミクスの研究もしていきたいと思っています。博士(学術)(東京大学)。

ADVENT CALENDAR 2018―16日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!

学科の多様性:何が同じなのか、何が異なるのか

まず初めに、細分された学科ごとに何が共通しているのか、何が差異を生み出しているのかについて簡単に考察し、学科の統合の足掛かりを示します。私はこの手の専門家ではなく、自分が自然科学系に属していることもあり、自然科学系に偏った考察になることをご容赦ください。

結論から言えば、自然科学系の学科は、自然現象を対象とするという点において共通し、目的と対象領域によって細分されている、と私は捉えています。以下、大学の学部・学科構成をもとに具体的に説明します。

大学の自然科学系の学部といえば、理学部、工学部、農学部、薬学部、医学部、歯学部などが挙げられます。いずれも自然現象を対象としていますが、その目的によって学部ごとに分断されています。特に理学部とそれ以外では、前者は自然現象の仕組みの理解を目的にするのに対し、後者は自然現象に関連する問題・社会的課題の解決を目的とする点において大きく異なっています。いわゆる基礎科学と応用科学・技術の差です。

各学部は、対象領域ごとに学科に細分されます。理学の例では、物理、化学、生物、地球科学、宇宙科学などに細分されます。(数学は自然科学というより形式科学なのでここでは除外します)これらの理学の各学科の対象領域には階層構造があります。すなわち、宇宙の中に地球があり、地球の上で生物は暮らし、生物は体内の化学反応により生命を維持し、化学反応は物理法則にしたがう、という関係です。したがって、理学における学科の主な差異は、理解したい自然現象のスケールにある、と言えるのです。

まとめると、自然科学系の学科の共通項は
・自然現象
差異は
・目的(理解 or 問題解決)
・対象領域(スケール、 鉱物/植物/動物などの分類)
であると私は考えます。

ここでは、自然科学系についてのみ考えましたが、自然現象の代わりに心理現象や社会現象などを考えれば、人文学・社会科学系の学科でも当てはまることは多いのではないでしょうか。(もちろん、すべてに当てはまるとは思いませんが。)

以上より、「現象」という概念こそが、学科ごとに細分された学術の統合のための足掛かりになると私は考えます。したがって、多様な現象を記述する普遍的な方法論こそ、学術を統合的に捉える枠組み・共通言語になると期待できます。

現象を記述する普遍的方法論:力学系と確率過程の理論

諸行無常・万物流転という言葉に代表されるように、多くの現象は時間変化します。そこで、ここでは時間変化する現象に焦点を絞ります。

時間変化する現象を数理的に記述する普遍的な方法論として、力学系や確率過程の理論があります。これらは数学の分野の一つです。力学系理論は決定論的現象(現在の状態から未来の状態が予測できる現象)を扱い、確率過程理論は確率論的現象(現在の状態から未来の状態がどの状態になるか確率を予測できる現象)を扱います。

力学系理論も確率過程理論も、現象の「状態」を定義し、状態間の「変化」に着目し、その「規則」(決定論的規則/確率論的規則)を捉えるという点では共通しています。したがって、個別具体の現象に対して、その状態を定義し、状態間の変化とその規則を捉えることができれば、これらの理論を適用することができます。ここでいう状態は、物理的状態でも、生理的状態でも、心理的状態でも、しっかりと定義し区別できるものなら構いません。(個別具体の現象の状態を定義することが一般には大変なのですがね。。。)

このように、力学系や確率過程の理論は、多様な学科の間の共通言語になりえます。しかし、みなさんの中には「数学は分からない…数式は読めない…無理。。。」と思う方もいるでしょう。そこで、数式を明示的に使わないで現象の状態変化の規則を可視化する「GUI(Graphical User Interface)」として、私が現象の「地図」と呼ぶものを次に紹介します。

現象の「地図」

現象の「地図」では、状態を〇、それらの間の変化を→で表すことで、現象の振舞いと規則を可視化します。以下に三つの例を挙げて説明します。(詳細は文献[1]を参照してください。)

[1] 水野雄太「博士論文 非断熱化学動力学の構造のダイアグラムによる可視化と数理的記述」(東京大学,2018).

例1)振り子

最も単純な例として、振り子の振動を考えます。

図1 振り子の運動の「地図」

高校物理を履修した方ならご存知と思いますが、振り子の運動は現在の振り子の位置と速度(運動の方向と速さ)を決めれば未来の運動を運動方程式によって完全に予測できます。すなわち、振り子の状態は位置と速度の組によって指定されます。

そこで、ここでは振り子が左端/右端でターンしようとして一瞬静止している状態、振り子が鉛直線を左向き/右向きに通過している状態の、計四つの状態に着目し、それを図1(a)のように〇で表すことにします。

たとえば、振り子が左端にあった状態から振り子の振動を時間的に追いかけていくと、図1(b)のように状態が変化していくことは容易に想像できるかと思います。

図1(c)は、この時間的な状態変化を生み出す規則を可視化したものです。この図がループになっていることと、振り子の振動が周期的であることが対応しています。

例2)分子の運動と化学反応の例

次の例は、私の研究内容である分子の運動・化学反応の例です。

分子は複数の原子が化学結合により結びついたものであるということは、皆さんもどこかで聞いたことがあると思います。そして、一般の方が思い浮かべる分子のイメージは、分子模型のように、原子同士が棒状のもので固定的に結合したもの、という場合が多いと私は感じます。しかし、そのイメージは正確ではありません。どちらかといえば、分子は原子がバネのようなものでつながれたものであり、そのバネを化学結合とよぶのがより正しいイメージです1もちろん、実際に小さなバネが原子の間にあるということではなく、バネでつながれた場合の運動と実際の原子の運動が同じように見える、ということです。。したがって、分子は常に物理的に振動しています。さらに、この振動の途中で化学結合というバネの種類が換わることもあります。

以下の図2は二原子分子LiFの運動の規則を表しています。[1、2](ちなみに、LiFはNaClの仲間です。)

図2 分子の運動の「地図」(LiF分子)

図2では、赤と青で塗り分けることによってバネの種類の違いを表現しています。赤色のバネは、原子同士が離れすぎると引き戻し、原子同士が近づきすぎると引き離す、という性質を持ったバネです。赤いバネによる運動は、先の振り子の例と同じような周期的な振動になります。対して青いバネは、原子同士が近づきすぎた場合にのみ原子同士を引き離すという性質を持ちます。青いバネのもとでは、原子同士はいくらでも離れることができ、いずれ分子は二つの原子に解離します。ラベルDやCの〇は、分子(LiF)として存在する領域と二つの解離した原子(Li+F)として存在する領域の境の状態を表しています。この赤いバネと青いバネは図でBとラベルされている〇で確率的に換わります。Bの〇の近くの数字はその確率を表します。また、矢印の上の数字は状態間の変化にかかる時間を表しています2単位のfsは「フェムト秒」と読み、10-15秒のことです。分子はこのように非常に短いタイムスケールで振動しています。

さらに、下の図3のようにいくつかの状態を一つの状態としてまとめて捉えると、馴染みの深い化学反応式になります。これは、現象を見るスケールを大きくしたことに対応しており、物理から化学の対象領域に移行したことになります。譬えていえば、東京の地図では皇居や東京タワーの位置などが詳細に記述されるけれども、より大きなスケールの全国地図では東京は一つの点あるいは領域として表される、ということと同じです。

図3 分子の運動の「地図」から化学反応の「地図」(化学反応式)へ

私は分子の運動の「地図」を描くことにより、化学反応 LiF→Li+F の顕著な性質の由来を説明することに成功しました。先日論文[2]として出版したので、興味がある方はご覧ください(無料公開版あり)。量子力学と高校数学が分かれば大学1、2年生でも概要はつかめると思います。

[2] Y. Mizuno and K. Hukushima, “Power-law decay in the nonadiabatic photodissociation dynamics of alkali halides due to quantum wavepacket interference” J. Chem. Phys. 149, 174313 (2018).

例3) 宇宙船の惑星間航行

最後の例として、宇宙船の惑星間航行の例を紹介します。

宇宙船の航行というと、何もない宇宙空間をロケットエンジンを吹かして目的地まで一直線に飛んでいく、といったイメージを持たれる方も多いと思います。私も以前はそうでした。

しかし、実際には航行中の宇宙船には太陽や近傍の天体からの重力の影響があり、その重力をうまく利用することで燃料の消費を抑えて航行することができます。イメージとしては、風や海流を利用する帆船といったところでしょうか。この宇宙の「海流」は、「Interplanetary Superhighway」とか「Interplanetary Transport Network」と呼ばれており、NASAのミッションでも利用されているそうです。[3、4]

[3] E. Klarreich, “NAVIGATING CELESTIAL CURRENTS” Science News 167, 250 (2005).
[4] S. D. Ross, “The Interplanetary Transport Network” American Scientist 94, 230 (2006). 

著作権の関係上、ここには図を載せられませんが、例えば参考文献[4]の図2には、鉄道路線図のように描かれたInterplanetary Transport Networkが載っています。


以上の三つの例以外にも、同じような現象の記述の仕方は、多くの分野で見られます。たとえば、私たちの体を構成するタンパク質の運動[5]、神経科学のモデル生物である線虫の運動[6]、などです。

[5] V. S. Pande, K. Beauchamp, and G. R. Bowman, “Everything you wanted to know about Markov State Models but afraid to ask” Methods 52, 99 (2010).
[6] S. Kato, H. S. Kaplan, T. Schrödel, S. Skora, T. H. Lindsay, E. Yemini, S. Lockery, and M. Zimmer, “Global Brain Dynamics Embedded the Motor Command Sequence of Caenorthabditis elegans” Cell 163, 656 (2015).

私がこれらの図のことを現象の「地図」と比喩的に呼ぶのは、これらの図と従来の地図が以下のような共通点を持つからです。

  • 構造を図示したものである:現象の「地図」は現象の振舞いの構造を図示する;従来の地図は地理的・都市的な構造を図示する。
  • 数学的・幾何学的理論を背景にもつ:現象の「地図」は力学系理論/確率過程理論を基盤とし、これらは幾何学的観点からも研究されている;従来の地図はそもそも幾何学の母である。
  • スケールや対象領域の異なる多様な種類が存在する:現象の「地図」は現象のスケールや対象領域に合わせて描き分けられる;従来の地図は世界地図から住宅地図まで幅広いスケールごとに、また、本州の地図や北海道の地図などの対象地域ごとに、多様な種類が存在する。
  • 実用にも使える:現象の「地図」にはInterplanetary Transport Networkのように効率的な「航行=現象制御」に使えるものがある;従来の地図には、海洋航行には海図、電車の乗り換えには路線図、といった実用的用途を持ったものが多い。

以上のように、現象の「地図」は、先に述べた学科ごとの差異、すなわち多様な目的(理解/実用)と対象領域(スケール、分類)に対応できる統一的な枠組みを提供可能です。また、地図は文字よりも古い歴史を持つといわれ[7]、現代生活でも必須のもので、みなさんに馴染みが深いものでしょう。多様な現象を自在なスケールで記述でき、現象の理解にも実用的用途にも使えて、かつデザイン的にも分かりやすく馴染みやすい―現象の「地図」はそのようなポテンシャルを秘めていると私は考えます。

むすび:万物の地図帳を作ろう

私は現象の「地図」という枠組みによって、多様な学術分野の知識を整理・統合していきたいと考えています。そして、あらゆる現象の「地図」を描いて、Google Mapのように自由自在に視点を移動し、原子から人間、社会、宇宙までスケールを変えて閲覧できるような、万物の地図帳 “Atlas of Everything” を作りたいという野望を抱いています。そこにはもはや、明示的な学科の境界は存在しません。さらに、Google Mapにナビゲーション機能がついているように、この地図帳にもナビゲーション機能を付ければ、基礎科学的知見が直接的に利用者個人の役に立つ。。。そのような世の中が来ればいいなと思います。

この「万物の地図帳」は、物理学における「万物の理論」のように少数の天才の仕事によって劇的に進展するものではなく、むしろ大多数の知的好奇心旺盛な探検家(プロ・アマ問わず)の仕事によってゆっくり発展するものであると思います。それに、各分野においてどのように「状態」を定義し「地図」を作成していくのか等、まだまだ研究しなければならないことは多くあります。万国地図(世界地図)は近代にはほぼ完成しましたが、万物地図はこれからです。

だから、一緒に作りませんか?

(Twitter@SPSofBSでご意見・ご質問お待ちしております)

参考文献

[1] 水野雄太「博士論文 非断熱化学動力学の構造のダイアグラムによる可視化と数理的記述」(東京大学,2018).
[2] Y. Mizuno and K. Hukushima, “Power-law decay in the nonadiabatic photodissociation dynamics of alkali halides due to quantum wavepacket interference” J. Chem. Phys. 149, 174313 (2018). (無料公開版: https://arxiv.org/abs/1807.07935)
[3] E. Klarreich, “NAVIGATING CELESTIAL CURRENTS” Science News 167, 250 (2005).
[4] S. D. Ross, “The Interplanetary Transport Network” American Scientist 94, 230 (2006). 
[5] V. S. Pande, K. Beauchamp, and G. R. Bowman, “Everything you wanted to know about Markov State Models but afraid to ask” Methods 52, 99 (2010).
[6] S. Kato, H. S. Kaplan, T. Schrödel, S. Skora, T. H. Lindsay, E. Yemini, S. Lockery, and M. Zimmer, “Global Brain Dynamics Embedded the Motor Command Sequence of Caenorthabditis elegans” Cell 163, 656 (2015).
[7] 織田武雄,『地図の歴史―世界篇』(講談社,1974).

Footnotes   [ + ]

1. もちろん、実際に小さなバネが原子の間にあるということではなく、バネでつながれた場合の運動と実際の原子の運動が同じように見える、ということです。
2. 単位のfsは「フェムト秒」と読み、10-15秒のことです。分子はこのように非常に短いタイムスケールで振動しています。

Study Talk LIVE まちづくりのエスノグラフィ出版記念イベント

早川公(2018)『まちづくりのエスノグラフィ 《つくば》を織り合わせる人類学的実践』の出版記念として実施するトークイベント!

「まちづくり」をひとつの文化現象として捉え、人々がどのようにまちづくり活動に携わっているかを筑波山麓のフィールドワークから書き記されたのが「まちづくりのエスノグラフィ」。

著者の研究と実践を引き合いに、《つくば》のこれまでとこれからについて、さらには「人文社会科学」のこれからについて、つくば市長をお招きし、対談を行います。

❏ 基本情報
日時:2019年2月5日
場所:up Tsukuba(〒305-0031 茨城県つくば市吾妻1丁目10−1 105;つくば駅から徒歩2分、つくばセンタービルに立地)

❏ タイムスケジュール
18:30 受付開始
19:00 開会
19:05 Share StudyとStudy Talkについて
19:10 アイスブレイク
19:20 第1部 《つくば》のまちづくりの「これまで」
19:45 第2部 《つくば》のまちづくりの「これから」
トーク:五十嵐立青(つくば市長)×早川公(30分)
フロアトーク(15分)
20:30 第3部 交流会
21:30 閉会

❏ 参加費
イベント参加費:1,000円
※ 書籍『まちづくりのエスノグラフィ』を購入して持参した方、または当日書籍を購入された方は無料。

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Writer

現在は大学で化学反応のダイナミクスを研究しています。昔から地図や図鑑が好きだったので、複雑なダイナミクスの構造をダイアグラムによって図解するための理論的手法の開発が私のライフワークです。また、基本的に動くものや流れるものが好きなので、今後は化学反応以外のダイナミクスの研究もしていきたいと思っています。博士(学術)(東京大学)。