国際教育開発のトレンド?―「住民参加型学校運営」の基本を押さえよう

ハムジャンボ!ハバリヤコ?

マサイ族の村からこんにちは、シェアスタッフのひらっちです。現在アフリカはケニアにある、キリマンジャロ山の麓の教育系NGOにてインターンをしています。朝焼けに染まるキリマンジャロを眺めながら飲むチャイティーが最高です。とっても清らかな気分。

これまで過ごした大学での3年半を通して、日本の教育問題から途上国の教育開発まで幅広く学び、携わってきました。その中で、1人の学習者の学習環境や、彼らを取り巻く教育システムに問題意識を持ち始め、学校運営の改善を主な活動とするNGOでのインターンを決めました。

その他にも、将来NGOで働くマインドがあるか、働くとしていつ・どのくらいの期間がベストなのか、フィールドに出て卒業研究がしたい!…などなど、個人の今後のキャリアを考えるうえで検証したいこと、やりたいことをもって毎日活動に従事しています。

さてさて、上で「学校運営の改善」と説明しましたが、途上国の教育開発に「住民参加型学校運営1住民参加型学校運営の「住民(Community)」の定義は一義的ではありません。住民の定義の大まかな分類、住民の教育サービスへの歴史的な役割についてはこちらをご覧下さい。→Mikiko Nishimura (2017) Community Participation in School Management in Developing Countries(Online Publication Date: Mar 2017 DOI: 10.1093/acrefore/9780190264093.013.64)」という用語があります。どんな活動をしているのかピンとくるでしょうか。

なんとなくイメージはつくかもしれませんが、詳しくは何をやっているのか分からない人も多いのではないかと思います。

そこで今回は、途上国における教育開発の1つのトレンドである「住民参加型学校運営」とは何か、なぜそれをやるのか、基本を解説してみたいと思います。

また、この記事を読んで頂いている皆さんには、個人的な思いとして主に2つの視点・立場を意識しながら教育開発の取り組みに興味を持ってもらえると嬉しいです。

1つは、特に教育開発に携わってないが興味はあるという方に対して、ぜひ国際開発の援助潮流やその背景にある時代の流れを意識してみてほしいと思います。なぜこの開発の取り組みが是とされているのか、この活動はどういった社会背景から生まれてきたのかを考えてみると、教育開発だけではない「教育」そのものに対する価値観も浮かび上がってくると思います。

そして2つ目に、(現在もしくは将来)子を持つ親としての自分を想像しながら読んでみてください。今回書いている記事を含め、少なからぬ教育開発の取り組みは「公立学校」を対象としています。この数十年、より高いお金を払ってより良い教育を受けさせることができる私立学校の興隆は多くの国で見られます。公立学校は比較的安く通えるため、経済的に苦しい家庭も学費を捻出しやすいものの、国によってはかなり乏しい学習環境の中で学ぶことにもなります。

もし公立学校の支援に共感し、公立学校を良くしていきたい、と思って頂けるのであれば、それに共感してくれる一人として、実際に教育を受けてきた一人として、そして子どもの親として、あなたは「自分の子ども」を公立学校に通わせたいとは思うでしょうか。

教育開発の取り組みに携わると、社会に存在する「教育」に対する価値観、そして自分自身の「哲学」までも意識させられるときがあります。本記事で教育開発の取り組みの例を知り、「教育」を取り巻く価値づけについて考えていただくきっかけを作ることができれば幸いです。

この記事では、

  • 世界的な教育課題の変遷
  • 学校現場への投入だけではない学校運営の大切さ
  • 学校運営に住民が参加することの意義・フレームワーク
  • 理論と現場の課題のズレ

をポイントとし、皆さんに教育開発の具体的な取り組みについて知って頂くことを目的としています。

ひらっち

Share Study編集部。もののカタチやバランスに惹かれてしまう気まぐれな大学生。大学1年の夏にアフリカ大陸のマラウイ共和国へ渡航、その経験を原動力に現在は教育学を学ぶ。人と人との考えのシェアを通して、学びの限界を取っ払うことを目指している。

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住民参加型学校運営とは何か

親や地域の人たちが学校にかかわる、ってそこまで珍しいように思わない人もいますよね。たとえば、私は新潟のど田舎出身で、小学校は全校児童が50人に満たないようなところを卒業しています。学校の行事で、友達の父親に飯ごうを使った米の炊き方を教えてもらいながら疑似キャンプしたり、運動会では見に来てくれた地域の方々を巻き込んで、借り物競走ならぬ「借り人競走」をしたりと地域とのかかわりが頻繁にありました。学校が地域の中心的な存在であったような感覚が今でも残っています。

学校に関わるのは先生と児童・生徒や机・椅子などの備品だけでなく、地域住民や親の参加までもがその範疇に入ります。住民参加型学校運営は僕の小学校での体験からもう一歩踏み込んで、親やコミュニティが学校の運営にまで関わってきます。教育の「質」を担保するための施策として住民参加型学校運営が位置づけられているのです。

大まかにいえば、住民参加型学校運営とは、

学校の運営方針・活動を決定する「学校運営委員会」に地域の住民や親の声を入れることにより、教育の質を担保しようとする取り組み

のことを指します。

この住民参加型学校運営が注目されるようになったきっかけがアフリカの事例なので、アフリカの歴史を振り返りつつ説明してみます。

なお、ここで教育の「量」と「質」という言葉を使います。教育の「量」と「質」はよく対比されますが、量は「就学率」(どれだけの人が学校に行っているか、教育を受けているか)のこととします。質は文脈によりますが「修了率(どれだけの児童・生徒がちゃんと卒業したか)」「学習成果(≒テストの点数)」などがあてられることが多いです2何が教育の「質」なのか、何を以て教育の「質」を測るのかについては議論があります。日本語の文献が欲しい方は、例えばこちらの書籍の第7章などをご覧ください。→小川啓一, 西村幹子, 北村友人 編著(2008)『国際教育開発の再検討:途上国の基礎教育普及に向けて』

教育の量的拡大と質の低下

アフリカ諸国、特にサハラ砂漠以南の国々はきちんと教育を受けてきた人が少なかった歴史があります。その後、世界的な規模で起こった「すべての人に教育を」というムーブメント(Education for All)や、教育費を無償化する潮流にもれず、アフリカの国々は次々と初等教育の無償化を実現していきました。

小学校に入るのがタダになったんです、当然国内の小学生の数は増えていきます。これが、教育の「量」的な拡大です。

世界中で教育の量は拡大し、1990年に82%だった世界の初等教育の純就学率3就学率を考える際にはまず大まかに「純就学率」と「総就学率」の分類があることを知っておくと良いです。就学「率」というのでどちらも就学の度合いを表します。分母にはどちらの場合も学齢期児童・生徒の全人口を置き、分子には純就学率の場合には実際に学校に就学している学齢期児童の人口数を、総就学率の場合には年齢にかかわらず学校に就学している人口数を置きます。つまり、純就学率は100%を超えることはないのに対し、総就学率は100%を超えることがあります。純就学率は年齢をどちらも同じスパンで限定しているのに対し、総就学率は分母のみ年齢を限定しているからです。日本では、総就学率を使うことはあまりなかもしれませんが、途上国においては留年や、小学校に数年遅れて入学してくる児童が見られることから、総就学率が120%になるケースも見られます。は、2016年には90%に迫る勢いで上昇してきました(図1)。

図1 School enrollment, primary (% net) Source: UIS(cited form WorldBank)

アフリカ諸国の中で一番早く初等教育を無償化した国である、マラウイの伸び率はすごいです。無償化した1994年と翌年1995年の総就学率(図2 *2)はそれぞれ103.7%と152.2%となっています(図2赤線部分)。人数にしてみると、1994年に約172万6000人だった小学生が、翌年には約258万8000人となり、1年で86万2000人の増加がありました。それまでは毎年だいたい10-20万人程度の増加だったようなので、無償化によりいかに就学者の増加があったかを見て取ることができます。

図2 マラウイ共和国 総就学率の推移(1990-2017年)

しかし、これだけ教育の量的拡大がなされたものの、無償化をした国々は教育の「質」の低下に悩まされることになりました。

大きな理由として挙げられるのは、小学校児童が増えることによる他方面の負担に対応しきれなかったことです。児童の増加に対して教員の雇用・配置が計画的になされず、1人の教師が大規模なクラスをうけもち、机や椅子など基本的な備品の配備が追い付かないという状況が起こりました(澤村 2008)。

これでは学校に行けても児童は何も学ぶことなく、ただ家と学校を往復するだけです。学力の低下も引き起こされ4SACMEQ(The Southern and Eastern Africa Consortium for Monitoring Educational Quality)によるテストのスコアの推移がわかりやすいです。ウェブサイトから閲覧できます。、結果的に教育の「質」が低下する事態となりました。

学校運営の大切さ

前節では、教育開発の世界では「量」から「質」へと課題がシフトしてきたことを説明しました。このような経験から得られた教訓を踏まえ、教育の「質」をいかに担保するかが現代の大きな課題となっています。

児童・生徒がより良い環境で学ぶためには、教科書や筆記用具、机などを投入すればよいのでは?と思われる方もいると思います。ただ、その教科書を使って教えられる先生がいなかったり、いても教員が授業を休みがちだったりしたら、その教科書の投入は効果が無くなってしまいます。

それら教科書を含めたリソースの管理・配分をその学校がどうするのか、投入が効果的に活用されるためには他に何をする必要があるのか。つまり、「学校運営」がしっかりとなされていないと、子どもたちの学びにそれらの投入が本当に役に立つとは限らないのです5国際開発の分野で最も影響力あるレポートである『世界開発報告 World Development Report 2018』がちょうど教育の特集を組んでいます。学校教育が学習者の学びに結びついていない」という現状を踏まえ、教育を学習者の学びにしっかりとつなげるために4つのカテゴリの強化を図ることを提言しています。そのうちの1つに学校運営に関する記述があります。

成功を収めた「みんなの学校プロジェクト」

住民参加型学校運営の事例でうまくいったといわれるものの1つに、「みんなの学校プロジェクト」があります(原 2011)。

「みんなの学校プロジェクト」とは、西アフリカに位置するニジェールのタウア州(途中からザンデール州に拡大)で始まったJICAの技術協力プロジェクトのことです。「学校運営委員会を通じて、住民参加型学校運営のモデルが普及すること」を目指し始まったプロジェクトです。住民参加型学校運営の代表的な一例です。

アフリカ諸国においては政府に十分な教育予算が足りず、教育予算の大半は教員給与に割かれるため、学校レベルにおいては教員不足が深刻な問題になっていました。さらに国外のドナーから支援された資金も、現場に十分に届かないという問題もありました。そこで現場の学校がうまく立ちいくよう、地域住民の力が求められたという背景があります。

実際、私のインターン先でも、小学校は無償であるものの、教員の数の不足を補うために地域住民・親がお金を出し合って教員を雇用しています。政府雇用の教員と、地域住民が雇用する教員どちらもいるのです。教員がいなければ生徒に教える人は教授法などを学んだことがない人が教員になることもあり、ので、そう考えると地域住民の貢献は大きなものです。

しかし、「地域住民が教員に対して資金を出す」というのは受動的な参加の仕方であるとも言えます。教員の人件費を補えるリソースがないから、仕方なく代わりに地域住民がお金を出している、という図式に近いのです。

単に受動的な関係性になるのではなく、学校を一番近い場所で見ている地域住民が、もっと学校をよくするアクションを積極的に取れないのだろうか。そこで注目したのが、校長や教員に交じって、地域住民・親も学校運営に真に携わることができる委員会を作ることでした。

現地で形骸化していた学校運営委員会(小学校の校長、保護者会の代表、母親会の代表、教員の代表などからなる)を住民の力を結集する組織として再生する。さらにプロジェクトが終わった後も住民の力だけで持続的に委員会を回していける。「みんなの学校プロジェクト」は、これらを達成するために余分な支援を削ぎ落し、ミニマムパッケージとして具体的に大きく3つの策を実行しました。

ここから具体例に入ります。理論から理解したい方は次の項目を先にお読みください。

① 民主的な無記名投票制度

学校運営委員会を地域住民の力を集める組織とするためには、透明性があり、信頼できる組織である必要があります。組織のメンバーが男性だけだったり、汚職でみんな甘い蜜を吸いたがるメンバーだったりでは、地域住民とその組織の信頼関係は成り立ちません。もともと政治的に有力な人物だけでなく、真に有能なリーダーも選ばれるチャンスが公平に与えられるよう、無記名での委員選挙を行いました(対象校の98%で実現6同プロジェクト事後評価を参照のこと。→JICAナレッジサイト)(原 2011)。

② 学校運営計画の作成

たとえ民主的な選挙が実現しても、実際に学校を改善していく計画がなくては何も始まりません。同プロジェクトでは、外部の援助ドナーからの支援に頼らず、自分たちが持つ資金やリソースの範囲で活動を考えていくというルールのもと、活動を決定していきました。
また、プロジェクトの計画や実行、評価のサイクルを一部の人だけでなく文字通り「みんな」で行い、住民の協力を幅広く得ることができたのです(原 2011)。

③ 継続的なモニタリング体制

学校運営委員会そのものがうまく回っているかのモニタリングも重要です。たとえ民主的な方法で委員が選出されても、地元で権力のある派閥が介入して機能しなくなっては元も子もありません。そこで教育省の行政官をモニタリングのために派遣することとしました。各学校運営委員会に直接モニタリングに行くことに加え、へき地などアクセスが難しいところにある学校については、近隣の学校同士で結成された学校運営委員会における連合の情報共有をモニタリングし、課題がある学校を優先的にモニタリングしました。これにより移動費などのコストを最低限に抑え、持続可能性に耐えうるシステムになるような工夫がなされました(原 2011)。

以上の3つの施策を行い、「みんなの学校プロジェクト」は同州で成功をおさめました。プロジェクトが終わった後も住民の力だけで持続できるよう設計されたモデルは、ニジェール政府にもその成果を認められ、見事全国展開を果たすことができました。

ちなみに、プロジェクトの開始-終了の間でタウア州とザンデール州の小学校修了試験合格率が、全国平均以上の伸び率を見せるといった効果も現れていました7同プロジェクトによる効果であったかについては議論があります。

なぜ住民参加型学校運営なのか?-アカウンタビリティと住民の学校参加の重要性

前節では「みんなの学校プロジェクト」の概要と成果を簡単にご紹介しました。ここでは、もうすこし理論的な部分、住民参加型学校運営の重要性について触れてみます。

「みんなの学校プロジェクト」の目標は、「学校運営委員会を通じて住民参加型学校運営のモデルが普及する」ことでした。実際にそれが全国的に展開されたのは素晴らしいことです。

じゃあそもそも、なぜ「住民参加型学校運営≒保護者を含めた“住民”が学校運営に参加すること」が、教育の質を改善できる(と考えられている)のでしょうか。

ポイントは、親を含む住民が学校の状況を直接モニタリングすることで、教育サービスの提供者のアカウンタビリティ(=サービスの受益者に求められているサービス内容を全うする責任)を強化することができると考えられていることです。

背景には、適切な教育サービスが提供できていないことがあります。中央政府の教育予算の不足などにより、行政が市民に提供すべきサービスを適切に提供できていない結果、現実的・受動的な理由で地域住民の協力があったのは先述の通りです8住民参加型学校運営は、世界銀行が行政の分権化の一環としてよく進めています。教育の分権化に関する課題等については、こちらをご覧ください。→Mark Bray(1996)Decentralization of education : community financing (English). Directions in development. Washington, D.C.: The World Bank.

この住民参加型学校運営の有効性については図3のようにフレームワークが存在します9教育におけるアカウンタビリティを、行政サービス一般に拡大し広範に解説しているものもあります。→World Development Report 2004: Making Services Work for Poor People

図3 アカウンタビリティ・フレームワーク(Bruns et al 2011)

フレームワークには「citizens/clients」(市民)、「the state」(政府)、「providers」(サービス提供者≒学校)の3者が存在します。親を含む市民(住民)は、教育の提供者(providers)に対して2つのルートでproviderのアカウンタビリティを強化することができると考えられています。

1つは、市民が選挙で政治家を選び、政府へサービスの改善を要求し(voice/politics)、政府がサービスを直接提供している学校などに行政指導を行う(compact)ルートです。これをlong route of accountabilityといいます。しかし、この方法は、①市民は教育の改善の観点だけで政治家を選んでいない、②教育予算が適切に使われるとは限らない(汚職など)、などといった理由から失敗しやすいといわれています。

long routeに対して、Bruns et al(2011)はshort routeによるアカウンタビリティの強化を強調しています。政府を通さず、市民自らが学校に対して直接教育サービスの改善要求をし(client power)、自らのニーズをダイレクトに満たすことができるのです。「みんなの学校プロジェクト」の事例で見た学校運営委員会がまさにこれにあたります。

このフレームワーク・理論に基づき、また教育の地方分権化の潮流にのって世界銀行が実施を進めるなど、住民参加型学校運営は現在教育開発のトレンドとなっているのです。

終わりに-理論と現実のズレ

本記事では、これまで「世界的な教育課題の変遷:教育の質への注目」「学校運営の役割」「なぜ住民参加型の学校運営が重要なのか」について解説を行いました。

最後に、アカウンタビリティ・フレームワークの仮説が万能でないことにも言及しておきます。

親・住民が学校参加をして学校にサービス改善を促すには、学校についての情報を十分に持っていることが必要ですが、個人が教育を受ける意義、目的の1つは個人の社会階層移動(上昇)です。学校について情報を得て、近隣の学校と比較し後者の方がより良い学校であれば、もともと通っていた学校には貢献せずに転校することも可能になります。転校できるだけの経済力をもった家庭がいなくなれば、地域から学校に動かせるお金の絶対量が減ってしまうかもしれません。また、フレームワークで説明されているように住民が教育サービスの提供者(学校)に対して「サービス改善を要求する・監視する」といった図式でアカウンタビリティが担保されるわけではなく、住民と学校が手を取り合って「協働している」という感覚がアカウンタビリティの下支えとなっているという指摘も存在しています(Nishimura 2018)。

また、これは個人的な所感ですが、基本的に親やコミュニティは教員ではないわけで、専門的に誰かに教えることができるわけではありません。「住民が学校運営に参加することで教育の質が上がる」という仮説はあるものの、基本的に直接的に教えるのは教員であり、住民が学校運営に参加すること自体が直接的に教育の質向上につながるのかは個人的に疑問が残ります。住民の声が学校の意思決定のどこに対して反映されやすくて、どこに対して反映されにくいのかという疑問や、住民があらゆる意思決定に介入しすぎては、たとえ民主的ではあっても最終的に「教育の質を上げる」というゴールに到達するまでに時間やコストがかかりすぎてしまい、コミュニティが提供できるリソースを使い切り疲弊するのではないかという疑問もあります。

こういった理論では解消しきれない疑問やつかみきれない現状を把握するのが、現場にいることの価値の1つだと思います。あくまで理論は、一定の時間を切り取ってその範囲の中の出来事をもとに構築したものであり、対して現場では絶えず状況が更新されています。本当に支援を必要としている層に必要な支援が届くよう、まずは正確にその人たちの状況を把握し、確実に支援を届ける仕組みを考えなければなりません。現場に滞在し、絶えず理論を更新する姿勢が必要だと思います。

僕ももうすぐ現場に滞在し始めて2か月半ほどが経ちます。コミュニティの会議など、今後もっと住民参加の様子を観察する機会を増やしていきたいと考えています。理論と現場のダイナミズム・1次情報とのズレを意識しながら、より良い教育に少しでも貢献できるよう頑張ります。

ちなみに、教育開発の世界は教育の「量」から「質」へと課題がシフトしていると述べましたが、完全にすべての子どもが学校に行けているわけではありません。「量」にも大きな課題が残っています。「ラスト10%」とも呼ばれる学校に行けていない子どもたち、「不就学児童」について次回以降は書いてみようと思います。

それではまた!クワヘリ!

参考文献

Bruns, Barbara; Filmer, Deon; Patrinos, Harry Anthony(2011)”Making schools work: new evidence on accountability reforms (English)”. Human Development; perspectives. Washington, DC: World Bank. 
原雅裕(2011)『西アフリカの教育を変えた日本発の技術協力』ダイヤモンド社.
Nishimura, M.(2017)Community Participation in School Management in Developing Countries” The OXFORD RESEARCH ENCYCLOPEDIA, EDUCATION (oxfordre.com/education),  (c) Oxford University Press USA, 2018
Nishimura, M.(2018)”Community participation in school governance: The Maasai community in Kenya” Prospects. 
澤村信英(2008)「マラウイの初等教育無償化後の現実―学校レベルの質的改善―」『国際教育協力論集』第12巻,第2号,pp.203-209.
World Bank, Education Statistics, Core Indicators. Accessed on December 4th 2018.
World Bank(2003)World Development Report 2004: Making Services Work for Poor People. World Bank. © World Bank. License: CC BY 3.0 IGO.

Footnotes   [ + ]

1. 住民参加型学校運営の「住民(Community)」の定義は一義的ではありません。住民の定義の大まかな分類、住民の教育サービスへの歴史的な役割についてはこちらをご覧下さい。→Mikiko Nishimura (2017) Community Participation in School Management in Developing Countries(Online Publication Date: Mar 2017 DOI: 10.1093/acrefore/9780190264093.013.64
2. 何が教育の「質」なのか、何を以て教育の「質」を測るのかについては議論があります。日本語の文献が欲しい方は、例えばこちらの書籍の第7章などをご覧ください。→小川啓一, 西村幹子, 北村友人 編著(2008)『国際教育開発の再検討:途上国の基礎教育普及に向けて』
3. 就学率を考える際にはまず大まかに「純就学率」と「総就学率」の分類があることを知っておくと良いです。就学「率」というのでどちらも就学の度合いを表します。分母にはどちらの場合も学齢期児童・生徒の全人口を置き、分子には純就学率の場合には実際に学校に就学している学齢期児童の人口数を、総就学率の場合には年齢にかかわらず学校に就学している人口数を置きます。つまり、純就学率は100%を超えることはないのに対し、総就学率は100%を超えることがあります。純就学率は年齢をどちらも同じスパンで限定しているのに対し、総就学率は分母のみ年齢を限定しているからです。日本では、総就学率を使うことはあまりなかもしれませんが、途上国においては留年や、小学校に数年遅れて入学してくる児童が見られることから、総就学率が120%になるケースも見られます。
4. SACMEQ(The Southern and Eastern Africa Consortium for Monitoring Educational Quality)によるテストのスコアの推移がわかりやすいです。ウェブサイトから閲覧できます。
5. 国際開発の分野で最も影響力あるレポートである『世界開発報告 World Development Report 2018』がちょうど教育の特集を組んでいます。学校教育が学習者の学びに結びついていない」という現状を踏まえ、教育を学習者の学びにしっかりとつなげるために4つのカテゴリの強化を図ることを提言しています。そのうちの1つに学校運営に関する記述があります。
6. 同プロジェクト事後評価を参照のこと。→JICAナレッジサイト
7. 同プロジェクトによる効果であったかについては議論があります。
8. 住民参加型学校運営は、世界銀行が行政の分権化の一環としてよく進めています。教育の分権化に関する課題等については、こちらをご覧ください。→Mark Bray(1996)Decentralization of education : community financing (English). Directions in development. Washington, D.C.: The World Bank.
9. 教育におけるアカウンタビリティを、行政サービス一般に拡大し広範に解説しているものもあります。→World Development Report 2004: Making Services Work for Poor People

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