この大学で私が学んだ意味を考えてみた

※ 転載記事

この記事は、ACADEMIC CAMPに参加する宮崎県アンバサダーの福守鴻人さんに「大学像」をテーマに書いて頂いた投稿の転載許可を頂き、「みんなのShare Study」カテゴリーで掲載する記事となります。

福守 鴻人

1995年高知県生まれ。熊本県立玉名高校卒、現在宮崎公立大学人文学部4年。専攻は哲学・倫理学。春からは一般企業(IT関連企業)に就職予定。

私が4年間通った宮崎公立大学は、人文学部のみを擁する単科大学で、大学院も併設されていません。研究者をめざす学生は少数で、卒業生のほとんどが民間企業・官庁へと就職します。そういった意味で少しヘンな大学といえるかもしれませんが、さらに特殊なのは、うちの大学が実学的要素の少ない「人文学」を柱とした公立大学であるという点でしょう。

2015年6月8日付の文科省通知以降、いわゆる「人文系学問不要論」に関連してたくさんの議論が巻き起こりました。それを一つひとつ追っていない私が偉そうに「大学論」を振りかざすのは少々気が引けるというのが正直なところであるのと、文科省通知に対する人文系からの正鵠を射た批判的応答が随分と見受けられるので(三谷尚澄『哲学しててもいいですか?――文系学部不要論へのささやかな反論』, ナカニシヤ出版, 2017年. には大変感動しました)、ここでは私の経験に根ざした「この大学で学んだ意味」についてまとめたいと思います。

もっとも自らの大学生活の意味を問うたのは就職活動のときでしょう。約1年前のことです。「問うた」というよりもむしろ、「否応なしに問わざるをえない」状況に立たされていました。上京志向の強かった私は宮崎を離れて都内に4か月ほど滞在し、就活市場の荒波のなかで格闘していました。滞在先は「就活シェアハウス」。そこは首都圏で就職したい地方学生が格安で都内に滞在するために集う、いわば「合宿所」のようなところでした。

みな「就職」という共通の目的があるため、共有スペースのリビングで自然と議論が起こることもしばしばでした。それもわりと重いテーマばかりで「どこに就職すべきか」「結婚することの意味とはなにか」「そもそも男女が付き合うとはどういうことなのか」「地方は衰退し、東京はまあ大丈夫論はほんとうか」など、それはそれは多様なテーマを、ああでもないこうでもないといいながら、エントリーシートを片手に議論したわけです。

その場面で他大学のひとと、私(私の身近な大学の友人も含む)との違いが浮き彫りになった気がしました。私はほかの人よりも「自分の意見とは別の場所に”余分”や”空白”が多い」ということに気づいたのです。悪く言えば「ぼんやり」しているのですが、ほかの人が「A→B、だからここに就職するんや!」と言っているときに「まあそれもあるけど、ほかにも選択肢あるんやない?」と、価値判断を急いで下さずに、フラットな心境で「わりと重い議論」に参加していました。就活という一大事のときに、フラットな姿勢だけは崩さなかった私の周りには「福守これどう思う?」とたずねてくる人が多かったように思います(なんか自分で言うのアホやと思いますが)。

先日、宗教学・中国哲学が専門の先生と一緒に飲む機会がありました。そこで「学問・文化ってのは、社会の余白 、つまり”のりしろ”なんだね。」という話を先生がされました。なるほど、自分たちがよく分からないまま学んでいた「人文学」は、自らが「のりしろ」になるために存在していたのかもしれないと、そのときふと思ったのです。

シェアハウスでの私の「フラットな感じ」は、相手の領域に土足で踏み入ることなく、かといって安易に迎合するわけでもないような、異なる意見・思想をつなぐ「のりしろ」的役割を果たしていたのかもしれません。

もちろん、大学生活のパターンはそのひと自身においてただ一度きりです。ですから、他大学で4年間過ごした自分を正確に想像する能力は持ち合わせておらず、「この大学で人文学を学んだことが、いまの自分につながっている」ということの因果を証明することは到底不可能です。

ただこの4年間、「大学」という空間で人文学を学び、他人と議論し、好きな授業を前のめりになって受けた「どこにでもありそうだけど私にしか還元されえない固有の経験」は、案外捨てたものではないなと、最近よく思うのです。


スポンサードリンク


ABOUTこの記事をかいた人

Share Study編集部

Share Study編集部。あそび、ゆらぎ、むすび、「学び合う文化」をつくっています。