学問の知と臨床・実践 —表層と本質という視点から—

簡単な自己紹介をしようと思います。
私は大阪の出身で、一般企業のサラリーマンや、NPO法人の職員として勤めたあと、現在は大学院で臨床心理学や臨床社会学を学んでいます。
映画を見ることや漫画を読むことが好きで、最近はNETFLIXに凝っています。

自己紹介を促されたとき、たいていの場合こうした肩書や出身地、趣味の話をする人が多いでしょう。

しかし例えば1時間、しかもできるだけ詳細に自己紹介をしてくださいと頼まれたらどうでしょうか。

ADVENT CALENDAR 2018―13日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!

1時間自己紹介をするならば

まず思いつくのは家族のことや、自分が生きてきた歴史についてでしょうか。もしかしたら、自分がLGBTのどれかであることや、在日外国人であること、何らかの障害や病気があることを語る人もいるかもしれません。

しかしそれでもまだ時間は余っている…。そうすると、普段意識していない自分の側面を見ざるを得なくなってくるでしょう。例えば、男性であること、日本人であること、中産階級であること。もっと突き詰めていけば健常者であることや口話者であることなども、あなたを説明する事柄として含まれてくるはずです。

アイデンティティについては、アメリカで ダイバーシティ教育の研究をしているダイアン・J・グッドマン教授が面白いワークショップを行っています。

一般的な社会的カテゴリーである、人種、性別、宗教、性的指向、健常/障害者、階級、年齢、エスニシティ(民族)などをリストアップし、参加者に自分にとって重要なアイデンティティである項目と、重要でない項目を3つずつ選んでもらったところ、前者には少数派のアイデンティティが選ばれ、後者には多数派のアイデンティティが選ばれました。

つまり私たちは「マイノリティ」と呼ばれるアイデンティティは強く意識していますが、「マジョリティ」と呼ばれるアイデンティティに関しては、あまり意識していないということです。しかし多数派アイデンティティも間違いなく私たちに関わっています。

以上のように丁寧に自分を探っていくと、出身地や家族、生きてきた歴史、趣味や上記の社会的なアイデンティティなど、たくさんの要素から「わたし」が成り立っていることがわかります。そしてこのような視点は、臨床と学問というややこしい問題を考える手掛かりを与えてくれます。まずは『臨床』ということばを紐解いて、それから学問とのかかわりを考えてみましょう。

「臨床」について

さて、与えられたお題が「学問の知と臨床・実践」という、もうすぐにでも放り出して漫画を読んで逃避したくなるような難解なテーマなのですが、もう少し辛抱して書き続けてみます。

問題は「臨床」という聞き覚えはあるけれどよくわからない言葉ですが、実はこの言葉、内科医で臨床心理士でもある齋藤清二先生が非常にわかりやすく説明されています。

臨床とは,文字通りには,「床=ベッド」に「臨む=傍にいる」ということである。このベッドは空のベッドではない。そこには「苦しむ人」が横たわっている。…ベッドに横たわる苦しむ人の傍にいて,苦しむ人のために役に立ちたいと願うものが「臨床家」である。…このように,臨床とは,苦しむ主体である「患者」あるいは「クライエント」と,苦しむ人を援助しようとする主体である「援助者=臨床家」と,その両者がそこにおいて存在し交流する,個別の具体的な「場」とから構成される動的な構造である。

(齋藤清二, 2018『総合臨床心理学原論 サイエンスとアートの融合のために』)

つまり「臨床」とは、「苦しむ人」「援助者」、両者の交流によって「援助が生まれる場」の3つから成り立つものであると言えます。そして、この援助行為に「学問の知」が応用されることになります。例えば臨床心理学は心理学の知見を用いてクライエントの苦しみや困りごとを改善することを目指しますし、医学は生物学的な視点から患者の身体症状を治療します。

しかし、本当に臨床・実践をしきろうとする場合、必要となるのは心理学や医学だけではありません。

表層と本質

例えばあなたが小学校の教員で、クラスの子どもが自分の成績が上がらないと言って困っていたとしましょう。言葉通りに受け取れば、教育の問題のように見えます。教室を「援助が生まれる場」と位置づけて勉強を教えればいい。

しかしよくよくその子のことを調べると、家が困窮世帯であることがわかってきました。塾に行くどころか、自宅は狭く、落ち着いて勉強できる場もありません。

私がNPO法人に勤めていたことは前述しましたが、そこでは貧困家庭の子ども支援をしており、こうしたケースの子どもを実際にたくさん見てきました。そして、関わっていた生活困窮世帯の多くが母子家庭でした。母親たちは、結婚して子育てに専念したものの夫と別れ、そのブランクからなかなか再就職できず、パートタイムの仕事をかけ持ちして昼夜働いています。もちろん家庭のことに意識が行き渡るのは難しく、子どもは渡されたお金で自分でご飯を買って食べるということもありました。ここにはキャリアのない女性の就職が困難であるという社会背景があります。

こうして「学力不振」という問題をたどっていくと実はそれは表層で、「貧困」や「女性差別」が問題の本質であることがわかってきます(もちろんそうではない場合もありますが)。

他にも、薬物依存の問題では、発達障害や統合失調症などの精神疾患、それに対する偏見、親からの虐待などの被害経験が、薬物使用の背景にある場合が少なくないことが明らかになってきています。

つまり、表面的には教育や医学、司法で解決しそうな「苦しみ」も、元をたどれば経済やジェンダー、差別、家族問題といった要因が、時に相互作用を起こしながら影響している可能性があるわけです。その場合、「援助が生まれる場」は教室や診察室にとどまらず、家族や社会にまで広げられていきます。

そして、先述した”様々な要素が「わたし」を構成している”という視点が、そうした「場」がどこにあるかを探る上での手がかりになるでしょう。

ところで、様々な要因の相互作用によって起こっている事象は、「学力不振」や「薬物依存」といった、誰の目から見ても明らかな問題だけとは限りません。

「非モテ」から語られること

私は現在、モテないことで悩む男性たちを対象にした「ぼくらの非モテ研究会」(TwitterID:@himotemotemote)という当事者研究グループを主催しています。そこでは、どうしたらモテるようになるのかではなく、なぜモテないことがこんなにも苦しいのか、どうすればこの苦しみから抜け出すことができるのかを、私も含め、参加者同士で語り合い(時に笑いあいながら)探求しています。

そこでは様々なことが語られます。

  • 高校時代男子校で女性と関わる機会がほとんどなかったこと。
  • 手痛い失恋の経験をしたこと。
  • 運動が苦手で、自分は男として世間の求める基準に達していないんじゃないかと悩んだこと。
  • アダルトビデオに耽溺していること。
  • 「男のくせに」と言ってパワハラを受けたこと。
  • 父親から暴力を受けたこと。
  • 母親が過干渉だったこと。
  • パートナーができればすべて上手くいくんじゃないかと考えていること…。

こうした語りから分かるのは、「非モテ」の悩みとは単に「恋人ができない」「セックスしたいのにできない」ということだけではないということです。「男らしさ」を求められる社会構造、望ましい男性像に達していないという劣等感、家族からの抑圧、メディアの影響が、これらの語りから透けて見えてきます。世間的には何気ないと思われる悩みや苦労にも、「表層と本質」が存在しているのです。

改めて「臨床・実践」を考える

さて、以上のことから改めて「臨床・実践」について改めて考えましょう。繰り返しになりますが、生活困窮世帯の子どもに対し教室内で成績があがるようはたらきかけても、その子どもが本質的に抱える「貧困」という問題は解消しません。一時成績が上がったとしても、同じ問題や別の問題を抱えることになるでしょう。

つまり、本当の意味でその子どもを援助しようと考えるのであれば、教室で教育的なはたらきかけをするだけでなく、貧困という社会や経済の問題も射程に入れる必要があります。同様に、「非モテ」で悩む男性に「こうした生き方もある」と投げかけたり、共に辛さの解消を目指したりするとともに、男らしさを押し付ける社会の方にも変わってもらう努力がいるわけです。

だとすれば、「苦しむ人を援助する」ために必要なのは何も個人にのみはたらきかける学問だけではありません。経済学、社会学、メディア論、文化人類学、哲学など人が関わってくる「学問の知」ならば、全てそれは「臨床・実践」につながります。

ちなみに床=ベッドには他者ではなく、あなた自身を寝かせてみてもかまいません。あなたが今何か悩みや苦労を抱えているのであれば、それがどこから来ているのか探ってみる。もしかするとあなたを構成する何かの要素が影響しているかもしれず、それはあなたが学問を究める糸口になるのかもしれません 。

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