「金属クラスター」の世界―三次元周期表の完成を目指して

前回の記事では、卒業研究の研究室に配属される前に、大学での学びを最大限充実させるにはどうすればよいか書きました。

この記事では、私が卒業研究の研究室に配属されたあと、修士課程修了までの3年間研究していた「金属クラスター」について書きます。そもそも金属クラスターとは何か、そしてその何が面白いかについて、みなさんにお伝えできればと思います。

この記事では、私が卒業研究の研究室に配属されてから修士課程修了までの3年間研究していた「金属クラスター」について、そもそも金属クラスターとは何か、そしてその面白さについて、お伝えしたいと思います。

新荘直明

1994年茨城県鹿嶋市生まれ。小学生のころに、地球温暖化による破滅的なシナリオに衝撃を受け、研究者としての地球温暖化の解決を志す。高校在学時に放課後のゼミで燃料電池を研究したときに感じた疑問がきっかけで、化学に関心を持つ。大学入学後、卒業研究配属前から生産技術研究所および化学専攻の研究室でインターンシップを行い、学会と論文で成果を発表。これまでにロシア、イギリス、ドイツで計4ヶ月の研究を実施。

金属クラスターとは

図1 金属原子の個数とそれに応じた特徴

金属クラスターは、金属原子(金属の種類が見分けられるいちばん小さな単位)が数個から100個以下程度の個数集まってできるひとまとまりの粒です。大きさは2 nm以下で、ウイルスの大きさが数十〜数百 nmであることを考えると、とても小さいことがわかります。このくらい小さくなると、私たちが普段目にする金属とは全く異なる特徴を持つようになります。

① 電気を通しにくい

金、銀、銅はいずれも電気をよく通す金属ですが、これらの金属原子でできた金属クラスターは、電気を通しにくい「絶縁体」になります。

それはなぜか。

金属が電気をよく通すのは、金属の中を自由に動くことができる電子(電気を運ぶ粒)、「自由電子」をもっているからです。電圧をかけると、自由電子が金属の中を移動し、電気が流れます。しかし、金属クラスターでは、集まっている原子の個数が少ないので、その分電子の個数も少なく、自由電子をもっていません。これが金属クラスターが絶縁体である理由です。

より正確には、金属クラスターの電子数が少ないことで、電子がもつことができるエネルギーの大きさ(エネルギー準位)が制限されます。それらのエネルギー準位の間に隔たり(ギャップ)があり、それを乗り越えないと電子が移動できないので、絶縁体になります。私たちが普段目にする金属が電気をよく通すのは、エネルギー準位が帯のようにつながって、電圧をかければその間を自由に移動できるからです。

② 色々な色がある

図2 金原子の個数が異なる金クラスターの水溶液[1]。下付きの数字が金原子の個数。

金属クラスターは、私たちが普段目にする金属とは異なり、金属光沢を示さず、代わりに金属クラスターのサイズに応じて色々な色をもちます

①で、金属クラスターの電子のエネルギー準位の間には、ギャップがあると説明しました。このギャップを越えるには、ギャップの大きさ以上のエネルギーを外から与えてあげればよいのですが、そのようなエネルギーの中でもっともありふれたものの一つが、光のエネルギーです。私たちが目にする(あるいは目に見えないものも含めて)すべての光はエネルギーを持っていて、そのエネルギーの違いが、私たちの目には「色」として認識されます。

金属クラスターに白い光(太陽光など、すべての色の光が混ざった光)を当てると、ギャップの大きさとちょうど同じエネルギーを持った光が強く吸収されて、残りの光が反射されます。私たちの目には反射された光が届くので、金属クラスターは、吸収された光が引き算された色に見えます。ギャップの大きさにもっとも大きな影響を与えるのが、金属クラスターを構成する金属原子の個数です。したがって、金属原子の個数が変わると、金属クラスターの色ががらっと変わることもあります。逆に金属原子の個数が同じ(そして金属の種類も同じ)クラスターどうしは似たような色をしていることが多いので、金属クラスターの色から、それが何個の金属原子からできているかを予想することができます。鮮やかな色をしていること、その色が金属原子1個の違いで大きく変化する可能性があることは、金属クラスターの大きな魅力の一つです。

※金属クラスターが金属光沢を示さないのは、金属クラスターが電気を通しにくいのと同じ理由で、金属光沢を示すのに欠かせない自由電子をもたないからです。

金属クラスターの面白さ

金属クラスターの基本的な特徴を知っていただいたところで、今度は金属クラスターの何が面白いのか、研究者はどんなモチベーションで金属クラスターを研究するのかについてお話します。

金属クラスターは、化学反応を起こしやすくする触媒[2]や、太陽電池の中でよりエネルギーの小さい光を電気に変えられる材料[3]などとしての応用が期待されており、それらを目指して研究する研究者も多くいます。しかし私自身は、金属クラスターそのものがもつ興味深い特徴にひかれて、金属クラスターを研究したいと思うようになりました。この章では、私が特に面白いと思う二つのポイントについて紹介します。

面白いポイント1︰「魔法数」がある

「魔法数」とはもともと、原子の中心にある「原子核」が安定になる「陽子」と「中性子」の個数のことをいいます。原子は、原子核とその周りをとりまく電子から成り立っています。原子核は、プラスの電気をもつ「陽子」と、電気をもたない「中性子」からできていますが、陽子と中性子がある個数のとき、原子核が安定になり、長い時間存在できることが知られています。その個数のことを「魔法数」といいます。その意味を広げる形で、金属クラスターが安定になる金属原子の個数のことを、金属クラスターの「魔法数」といいます。

例えばナトリウムクラスターでは、魔法数は次のようになります[1]。

8, 20, 40, 58, 92,…

この魔法数は、前の章で説明したエネルギー準位と関係があります。一つのエネルギー準位に存在できる電子の数には制限があります。そして、エネルギー準位がちょうど電子で満たされたとき、そこから電子を取り除くにも、新たなエネルギー準位に電子を一つ加えるにも大きなエネルギーが必要となるため、そのままの電子の数が保たれやすくなり、安定になります。そのような電子の数を実現するような金属原子の数が、魔法数です。したがって、金属原子がもつ電子の数が変われば、魔法数は変わります。

面白いポイント2︰「超原子」の概念

図3 金原子13個からなる正二十面体形のクラスター二つがくっついた形の超原子分子[2]。

金属クラスターは、複数の原子からできていますが、原子はお互いに自分の電子を共有し合い、共有された電子は金属クラスター全体に広がっています。このとき、金属クラスターという一つの集団は、一つの原子と似たようなふるまいを示します。したがって、金属クラスターは「超原子」とも呼ばれます。上で述べた魔法数の存在も、金属クラスターが超原子としてふるまい、原子と同様に電子の数が安定性に大きな影響を与えることによるものです。

また、原子が複数個集まることによって、「分子」というひとまとまりの物質が形作られますが(金属クラスター自身も分子といえます)、それと同じように、複数の金属クラスター、つまり超原子が集まったような形をしているものを「超原子分子」といいます。例えば、図3に示した金原子25個からなるクラスターは、金原子13個からなる正二十面体形のクラスター二つが、一つの原子を共有してくっついた形をしている超原子分子です。原子が、分子やより大きな集合体をつくるパーツとみなせるのと同じように、超原子は超原子分子をつくるパーツとみなすことができます。

この考え方をもとに、化学の基礎となっている、元素の周期表(原子の種類を、陽子の個数が少ない順に並べた表)に、超原子がもつ原子の個数という軸を加えて、周期表を3次元にする(アイキャッチ画像)ことが、金属クラスターの研究者の一つの大きな目標になっています。 

いかがでしたでしょうか。日常生活で目にするのとは異なる金属の姿である、金属クラスターについて、少しでも興味を持っていただけたなら幸いです。

参考文献

[1] Shichibu, Y. et al. Extremely High Stability of Glutathionate-Protected Au25 Clusters Against Core Etching. Small, 2007, 3, 835.
[2] Liu, Y. et al. Aerobic Oxidation of Cyclohexane Catalyzed by Size-Controlled Au Clusters on Hydroxyapatite: Size Effect in the Sub-2 nm Regime. ACS Catal., 2011, 1, 2.
[3] Kogo, A. et al. Gold Cluster-Nanoparticle Diad Systems for Plasmonic Enhancement of Photosensitization. Nanoscale, 2013, 5, 7855.
[4] Shichibu, Y. et al. Biicosahedral Gold Clusters [Au25(PPh3)10(SCnH2n+1)5Cl2]2+ (n=2-18): a Stepping Stone to Cluster-Assembled Materials. J. Phys. Chem. C, 2007, 111, 7845.

Writer

1994年茨城県鹿嶋市生まれ。小学生のころに、地球温暖化による破滅的なシナリオに衝撃を受け、研究者としての地球温暖化の解決を志す。高校在学時に放課後のゼミで燃料電池を研究したときに感じた疑問がきっかけで、化学に関心を持つ。大学入学後、卒業研究配属前から生産技術研究所および化学専攻の研究室でインターンシップを行い、学会と論文で成果を発表。これまでにロシア、イギリス、ドイツで計4ヶ月の研究を実施。