どうも、木村(@kimu3_slime)です。
僕は数学が好きで、大学で数学を学び卒業した後、「趣味の大学数学」というサイトを運営しています。
「コロナ禍の2020年 編集的視点から振り返る」がテーマということですが、家でのんびりゲームして過ごしておりました。
と振り返ってもしょうがない。今回は、数学とコロナ、感染症の数理モデルについて簡単に紹介したいと思います。(僕は感染症数理の専門家ではないので、誤りなどありましたらご指摘ください。)
数理モデルとは何か、例
感染症モデルは、数理モデルの一種です。まず数理モデルについて説明しましょう。
例えば、1日に2人の一定ペースで感染者が増えるとしましょう(モデル化)。このとき、感染者が50人増えるのは何日後でしょうか(問題設定)。経過日数をT(日)としてモデルを解けば、感染者は2T(人)です。よって、2T=50となるのは、50日後と予測できます(問題解決)。
実際に、1日につき2人増えるという設定が適切かどうかは、測定値と比較しなければわからないでしょう。しかし予測のためには、まず何らかの仮説を設定する必要があります。これがモデル化です。
今回紹介する数理モデルは、何らかの量(感染者や人口、物体の位置や速度)の時間変化を、微分方程式と呼ばれる数式で表したものです。微分方程式は、「ある量の時間変化=モデルに合った数式」という形をしています。
最も単純な数理モデルは、マルサスモデルと呼ばれるもの。
『人口論』を著した経済学者マルサスは、人類の食料が十分あるとき、人口が増えるほど子孫を残す人が増える、というモデルを考えました。
2人から2人生まれて4人、4人が8人、8人が16人……倍々ゲームのように増えていきます。グラフに表せば次の通り。

数学的に言えばべき乗・指数関数によって表される増加は、<strong>マルサス的成長・指数的増加</strong>と呼ばれます。実際にこのような人口増加をした地域がありますし、またスペインのインフルエンザの患者数、増殖する細胞はこのような雪玉式の成長をしていることが知られています。
参考:人類は必ず食糧問題に直面する? マルサスの法則と微分方程式
確かに豊かな資源があれば、無限に増殖を続けるでしょうが、現実にはそんなことはありません。どこかで食料や住む場所、お金を巡って、一定まで増えると増え方に歯止めがかかってくるのではないでしょうか。
増えすぎたときの上限を考慮したのが、ロジスティックモデルです。これは次のようなグラフで表されます。

(上の図だと途切れていますが)最初のごく少ないうちはゆっくりと増加。そして途中からマルサスモデルのように急増加するわけですが、一定ラインに近づいていくとグッと増加が遅くなります。このS字の曲線は、<strong>ロジスティック曲線・成長曲線</strong>と呼ばれ、人口や生物の個体数増減だけでなく、新技術の普及の説明にも使われています。
ここまでに述べてきたモデルは、1種の個体の変化を説明するものでした。しかし、もっと外部的な要因によって変化が起こるケースもあるでしょう。
例えば、サメと魚の関係を考えてみましょう。サメは食べる側(捕食者)、魚は食べられる側(捕食者)です。魚は単純に繁殖力が高いため増えますが、増えすぎるとサメの餌となりサメが増えます。しかし魚が減れば餌の減ったサメは減り、また魚は増えていくのではないでしょうか。
こうしたようすをモデル化したのが、捕食者-被食者モデル(ロトカ・ヴォルテラ方程式)です。グラフは次のように、サメと魚という2種の個体数の変化を表したものになります。

一方が増えれば他方が減り、その結果増えた方が減って……と減ったり増えたりの繰り返しが見て取れますね。
参考:食う-食われるの数学:捕食者-被食者モデル(ロトカ・ヴォルテラ方程式)とは?
例としてサメと魚の相互作用を引き合いにだしましたが、未感染者と感染者との相互作用を考えれば……? いよいよ感染症モデルの話に近づいてきました。
感染症モデル:SIRモデルとは
今回紹介する感染症モデルは、実際にコロナウイルス感染症(COVID-19)の患者の予測に利用されています。
Googleが2020年11月に公開した、COVID-19 感染予測(日本版)は素晴らしいです。全国の予測データ、各都道府県ごとのデータが見れます。

画像引用:COVID-19 感染予測(日本版): データの対象期間2020-11-21 ~ 2020-12-18
この予測から、春、夏に次ぐ第3の波が来ようとしているのがわかります。「今後の感染者は神のみぞ知る」わけではありません。
この感染予測の仕組みを説明するユーザーガイドを読むと、SIERモデルという感染症モデルが登場します。(実際にはこのモデルだけでなく、過去のデータを使った機械学習による予測も合わさっています)
今回は、それを少し簡単にしたSIRモデルについて紹介しましょう。
SIRとは、
- Susceptible: (感染者の候補としての)未感染者
- Infectious: (未感染者を増やす)感染者
- Recovered / Removed: 免疫保持者、回復者、死亡者
のこと。

モデルの設定は次の通り。未感染者と感染者が多いほど感染が起こり、未感染者は減り、感染者は増えます。また、感染者が増えれば増えるほど、回復・死亡する人が出てくるので、感染者は減ります。一度回復した人には抗体があり、再び感染候補者とはならない、という仮定が置かれていますね。
ポイントは、未感染者と感染者(SとI)の関係です。回復者・死亡者(R)は、感染者の増減を通じてわかるので、一旦無視しましょう。
相互作用(感染)によって一方(感染者)を増やして一方(未感染者)を減らす設定は、さきほど見た捕食者-被食者モデルと同じ。違うのは、被食者は自然に増えるのに対し、未感染者は自然には増えないことです。感染者がさっさと減ってくれないと、未感染者はどんどん感染者になり、感染者が感染者を生む状態になってしまいます。
このモデルは、カーマックとマッケンドリックによって1927年に提唱されたものです。それは、ボンベイ島におけるペスト(黒死病と呼ばれる感染症)の死亡者数をよく説明するものとなりました。

画像引用:巌佐「数理生物学入門―生物社会のダイナミックスを探る」 p.44
感染者が一定以上に増えてしまい、急激に死亡者が増加し、ピークに到達後に感染者が減って、死亡者が減った流れを示しています。停滞-マルサス的増加-停滞-マルサス的減少-停滞という流れです。
できるならば、このシナリオをたどりたくはないですね。仮に流行してしまっても、ピークをできるだけ小さくして、医療・病院の受け入れ能力を超えないように、いわゆる医療崩壊が起こらないようにしたいです。
このモデルによると、主に2つのシナリオが起こります。感染症が流行して感染者が増えてしまうパターンと、閾値を超えずに感染者が減少していくパターンです。


プログラムの参考:新型コロナウィルス(CoVid-19)とSIRモデルについてについて Takeshi Nagae
これらのシナリオの違いを生むのは、モデルに登場するパラメータの値の違いです。
SIRモデルには、感染の強さを表すパラメータ(伝達係数:β)と、回復・死亡の強さを表すパラメータ(回復・隔離率:γ)があります。これらの比をとって(β/γ)、未感染者の初期数(S(0))をかけたものが、基本再生算数 R_0 です。感染者がどれだけ感染者を再生産するかを表す割合で、感染力が大きいほど大きく、回復・死亡力が大きいほど小さくなります。すぐに回復・死亡させてしまうウイルスの方が、感染者を再生産はしない。じわじわと生かしておく方が感染者は増えてしまいます。これはPlague Inc.というゲームを遊ぶとよくわかるでしょう。
R_0が1以上だと、1人から1人以上の感染者を生み出し、感染症は流行していってしまいます。コロナウイルスでは、R_0は2.5と推定されており、実際に流行しています。
人々が感染症の対策をしたり、ワクチンを開発すれば、1人あたりの再生算数は下がっていくでしょう。この実態に即した再生算数を、実効再生算数 R_t と呼びます。これにはいくつかの計算方法・仮定があるようですが、「(直近7日間の新規陽性者数/その前7日間の新規陽性者数)^(平均世代時間/報告間隔)」という式が利用されているようです。直近の感染者の増減のトレンドを見ているわけですね。
都道府県ごとのR_tの試算:Rt Covid-19 Japan
原則としてはR_0は2.5あるわけですが、感染症の対策によってR_tを1以下に留めることができれば、感染者をじわじわと減らしていくことができるでしょう。逆にできなければ、感染者の増大(と減少)というシナリオになってしまうでしょう。
つまり、感染の強さを表すパラメータ(伝達係数:β)を小さく、回復の強さを表すパラメータ(回復・隔離率:γ)を大きくすることが必要です。マスクと手洗いの習慣、ワクチン開発はβを下げるでしょう。また、治療薬の開発が進むか、感染者を早い段階で自宅待機(隔離)できるようにすれば、γが大きくなります。そもそも、人と人との接触の機会を減らすようにすれば、感染候補者の初期数(S(0))を減らすことにつながります。
Rの増減のデータに注目して理由を分析し、状況に応じて国民へ情報発信や活動制限・経済補償することが、Rを1以下に抑える=コロナを封じ込めるために有効なのではないでしょうか。
以上、数理モデルと感染症モデルについて紹介してきました。
もちろん数理モデルは、完全なものではないので、盲信して良いものではありません。金融商品の価格を予測するブラック・ショールズ方程式の成功と失敗のように、モデルに盛り込まれていない要因で予測が外れる可能性はあります。それでも、神頼みにならず、ある程度モデルを考えて予測をした方が人間社会として良い結果をもたらす可能性が高いのは確かでしょう。
マスク、手洗いうがい……こうした当たり前のレベルのことを実行するのが難しいのが、人間なのかもしれません。
地道な予防行動が、やがてはコロナの終焉に貢献できるかもしれない。逆にしなければ再流行を生むかもしれない。しかしそもそも単なる自粛ではなく、感染者の早期チェックと隔離が大事かもしれない。
道徳心に頼るだけで、理論的な根拠が薄ければ、納得できず行動しない人もいるでしょう。データと数理モデルを使って分析すれば、今感染症がどんなフェーズにあるのか数値的に予測できることが、伝わったでしょうか。
木村すらいむ(@kimu3_slime)でした。ではでは。
参考資料
W. O. Kermack and A. G. McKendrick (1927), A Contribution to the Mathematical Theory of Epidemics,Proceedings of the Royal Society 115A:700-721. (reprinted in Bulletin of MathematicalBiology53(1/2): 33-55, 1991)