日本語の語順は自由なのか?:形式主義統語論から見る日英語の共通点

私たちは、同じものを見ていたとしても、そこから同じものを読み取るとは限りません。机の上にみかんがあるのを見て「美味しそう」と思う人もいれば「なんでみかん?」と思う人もいます。あるいは「やっぱり冬はコタツにみかんだよね」といって、嬉々としてみかんの皮むきに精を出す人もいるでしょう。

これと同じことが学問の世界でも起こります。同じテーマに対して異なるアプローチや課題設定がとられることもあれば、同じ問題に対して正反対の主張が提案され、対立することもあります。また、わたしたちの「一般常識」が、学問の世界の「常識」とは正反対であることも少なくありません。

そこで、この記事と明日の記事の2記事を通して、言語学の具体的研究を例に「私たちの一般常識」と「言語学の分析」とが食い違うような例を紹介していきたいと思います。また、その中で、私たちの直観とは反するような結論を導くにいたった、(必ずしも言語学に特化しているわけではない)物事の捉え方・考え方についても考えていきます。

もっちゃん

ことばを操る脳のはたらきを通して『人間”らしさ”って何だろう?』ということを考えている。「文理融合」「高大接続」という2本柱のモットーを引っ提げて、開かれた社会としての学問を模索したい。お昼寝が好き。朝の2度寝はもっと好き。

ADVENT CALENDAR 2019―9日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!

はじめに:自由な日本語、不自由な英語?

日本語と英語の主な違いを尋ねられたとき、多くの人が「語順」に着目するのではないでしょうか。一般に、日本語は「SOV語順主語-目的語-動詞語順)」であるのに対して、英語は「SVO語順(主語-動詞-目的語語順)」であると言われています。

(1) 私は本を読んだ。

(2) I read the book.

しかし、日英語の語順の違いはこれだけに留まりません。日本語は主語と目的語の位置が入れ替わっても良いのに対して、英語ではそのような語順の入れ替えはできません。

(3) 本を私は読んだ。

(4) *The book read I.

(アスタリスク”*”は、その文が非文法的であることを示す)

このように、日本語は英語と比べて語順の自由度が高いと言われています。これは、(4)のように主語-目的語の位置の入れ替えを許さない英語とは対照的です。

このような事実を見ていると「日本語は語順が自由な言語で、英語は不自由な言語だ。だから、日本語と英語の文法はまったく違う特徴を持っているんだ!」と考えたくなります。しかしながら、日英語の文法をよく観察してみると両者の間には予期せぬ共通点がある、ということが言語学の研究によって明らかになっています。特に、英文法で観察されたのと同じ特徴が日本語にも認められた、という類の共通点は少なくありません。そして、それを可能にしたのは「英語特化」の文法分析から「言語一般」の文法分析に視野を広げることを可能にした「形式化・抽象化」というプロセスです。

この記事では、「語順」の分析を通して、日英語の文法のそれぞれを眺め、また両者を比べる「(日英)対照統語論(Contrasive Syntax)」という言語学の1分野の分析例を紹介していきます。また、その分析の過程を紹介する中で「形式化・抽象化」というプロセスが果たす役割とその重要性を感じ取ってもらいたいと思います。

「移動」

日本語の語順について考える前に、日本語を考えるための座標軸となる英語の文法について簡単に概観しておきましょう。先ほど見たように、英語の語順には一定の制限が課せられます。しかし、そうは言っても、英語の語順が常に不自由であるという訳ではありません。次の例を見てみましょう。

(5) Who does Mary like?

(6)  

A: I heard that Mary likes Nick.

B: Mary likes who? Why does she like such a man?

(5)は一般的なwh疑問文の例です。ここでは、likeの目的語(=Maryが好いている相手)にあたるwhoが文頭に現れています。このように、英語のwh疑問文では、通例、wh語が文頭に現れます。

しかし、wh語が文中に現れる場合もあります。(6)の会話では、Aが「メアリがニックを好きだと聞いた」と言い、それを聞いたBが驚いて「メアリが誰を好きなんだって?」と聞き返しています。このような「問い返し疑問文(Echo Question)」では、wh語(who)が文頭ではなく、文中に現れることがあります。

同じ「wh語」があるときは文頭に現れ、あるときは文中に現れる。この事実は「移動(Movement)」という文法操作を仮定することで上手く捉えられます。

(7)移動:ある要素を別の位置に移動させよ。

この「移動」操作に基づくと、(5)はもともと(8)のような文だったということになります。

(8) Mary likes who.

この文を疑問文に変えた後(Does Mary like who?)、whoに「移動」を適用すると次のようになります。

(9) Who does Mary like __ ?

もし、wh語に「移動」を適用しなかった場合には、(6B)のような問い返し疑問文ができあがることになります。

移動に課せられる制限

前節では、英語のwh疑問文において「移動」という操作が関与していることを見てきました。しかし、この「移動」操作は、無制限に適用できるものではなく、様々な条件によって制限されていることが知られています。その例をいくつか見てみましょう。

最初の制限は「付加詞条件(Adjunct Condition)」と呼ばれるもので、概略、以下のように定式化されます。

(10) 付加詞の中から、その外に要素を抜き出すような移動はできない。

付加詞は、いわゆる副詞句・副詞節に相当します。たとえば、次の例では副詞節before speaking to whomからto whomが「移動」によって抜き出されていますが、これは(10)に違反するため非文法的になります。

(11) *To whom did [they leave [before speaking __ ]] ?  (中村 2002: 66)

付加詞のほかに、関係節も抜き出しを禁ずる領域を作ることが知られており「複合名詞句制約(Complex NP constraint)」と呼ばれています。次の例を見てみましょう。

(12) 関係節の中から、その外に要素を抜き出すような移動はできない。

(13) *Which book did John meet [a children [who read __ ]] ? (中村 2002: 66)

(13)の例では、wh句which bookが、関係代名詞節who read (which book)から抜き出されています。このような移動は(12)の条件に違反し、非文法的になります。

付加詞条件(10)や複合名詞句制約(12)は、副詞節や関係節が「要素の抜き出しを許さない領域(=島: Island)」になることを規定した制限です。「移動」操作は、これらの制限のもとで適用されることになります。

「かき混ぜ」と移動の制約

さて、ここまで英語の文法を「移動」という観点から眺めてきました。ここからは、英語の議論を念頭に置きつつ、最初の疑問である「日本語の語順は自由なのか?」という問題について考えていきたいと思います。

日本語の自由語順についての主要な分析の1つに「かき混ぜ(Scrambling)」という分析があります。この考えを簡単にまとめると次のような主張になります。

(14) 日本語自由語順のかき混ぜ分析:日本語の自由語順は、SOV語順に「移動」操作を自由に適用した結果として得られる。

この考えに基づくと、(1)、(3)に見られる語順の交替は、(15)で示されるような目的語「本を」の移動によって生じたものだということになります。

(1) 私は本を読んだ。

(3) 本を私は読んだ。

(15) 本を [私は __ 読んだ]。

この分析によると、日本語の自由語順は、英語のwh疑問文と同じ「移動」によって成立していることになります。日英語の違いは、英語では(wh疑問文などの)限られた状況で移動が適用されるのに対して、日本語ではより多くの場面で「移動」を適用できるという点にあります。日本語の自由語順では、(一般に英語では制限されている)平叙文での「移動」が大きな役割を果たしていることになります。

さて、もし日本語の自由語順が「移動」に基づくとすると、日本語の語順も、英語のwh疑問文と同じ特徴を示すはずです。たとえば、英語のwh語の「移動」では付加詞条件という制限がかかり、したがって副詞節からの抜き出しが許されないことを前節で確認しました(以下に再掲)。

(10) 付加詞の中から、その外に要素を抜き出すような移動はできない。

もし、日本語の自由語順も英語と同じ「移動」に従うならば、日本語の副詞節からの移動もまた禁じられるはずです。たとえば、副詞節の1つである、理由を表す「~から(カラ節)」から目的語を抜き出した例を考えてみましょう。

(16)

a. 太郎が [花子があのパンを食べたから]とても怒った。

b. *あのパンを 太郎が[花子が __ 食べたから]とても怒った。

(瀧田 2016: 372)

(16b)では、副詞節(理由を表す「~カラ」節)内の目的語「あのパンを」が文頭に現れており、非文法的となっています。この非文法性は、日本語の自由語順が「移動」に基づくという(14)の分析と、付加詞条件(10)という「移動」に課せられる条件によって予測することができます。

英語のwh疑問文に課せられるもう1つの制限である複合名詞句制約についても同様の議論が成り立ちます。

(12) 関係節の中から、その外に要素を抜き出すような移動はできない。

(17)

a. 太郎が[[あの本を書いた] 人 ]を探している。

b. *あの本を 太郎が[[ __ 書いた] 人 ]を探している。

(瀧田 2016: 371)

(17b)の例では、「あの本を書いた(人)」という連体節から、目的語「あの本を」を抜き出しています。この移動の非文法性は、(12)の条件によって正しく予測することができます。

以上、日本語の自由語順を「移動」によって分析する考えを紹介しました。また、英語の文法で観察された「移動」に対する制限が日本語の語順でもあてはまることを、例文を提示しつつ示してきました。翻って、以上の議論は「日本語の語順にも(付加詞条件、複合名詞句制約といった)制限が存在する」ことを裏付けるものとなります。日本語は、語順の自由度が高いといっても、無制限にめちゃくちゃな語順を用いることができるわけではないのです。

おわりに:形式化・一般化がもたらすもの

ここまでの議論を簡単にまとめると、次のようになります。

  1. 一見すると、日本語と英語とでは、語順の自由度について違いがある。
  2. 英語のwh疑問文におけるwh語の位置は「移動」という操作によって捉えられ、「移動」はいくつかの制約(付加詞条件、複合名詞句制約)によって制限を受ける。
  3. 日本語の自由語順も「移動」によって捉えることができ、英語のwh疑問文と同じ制約に従う。

ここで日本語と英語の共通点を捉える上で役立っているのは、英文法の分析で「移動」を次のように定式化したことです。

(7)移動:ある要素を別の位置に移動させよ。

この定式化においては「どんな要素を移動するか(wh語、名詞句 etc.)」「どこに移動させるか」などの事柄については言及していません。その意味で、とても抽象的な定義になっています。英語のwh語の移動と日本語の名詞句の移動(かき混ぜ)を同じ土俵で議論することができたのは、「移動」をこのような抽象的な形で定義したからこそです。抽象化という手続きによって、英語の語順だけではなく日本語の語順にまで分析を拡張することができたわけです。

また、単に(7)の抽象的定義を与えるだけではなく、その例外にあたる例(=「移動」によって原理的には作れるはずだが、実際には非文法的となる例)に対しても、きちんと付加詞条件や複合名詞句制約といった条件を与えました。このように、いくつかの道具立て(「移動」+「付加詞条件」+「複合名詞句制約」)を、互いに密接に結びついた形で提案することで、これらは1つのシステム・理論体系を成します。この、体系だったシステムを構築すること、言い換えると、英文法を形式的なシステムとして捉えたことによって、厳密な予測を生むことが可能になります。

たとえば、付加詞条件をきちんと立てたことによって、日本語を「移動」で捉えたときに「日本語の副詞節(カラ節 etc.)からの移動はできないはずだ」という予測を生むことが容易になります。この予測は私たちの注意を(16b)のような文に向けてくれます。日本語母語話者である私たちは「文法的な文」を何の苦もなく作り出せるために、かえって非文法的な文に意識を向けることがほとんどありません。そのため、日常生活では「文法的な語順」ばかりを目にすることになり、漠然と「日本語の語順は自由だ」という印象を抱いてしまいます。しかし、「移動」と「付加詞条件」からなるシステムは、日本語においても語順に対する制限があることを予測します。日本語の語順に制限があることは変わらぬ事実でも、そのことに私たちが注意を向けているかは別問題です。システムが生む予測は、仮説の検証/反証に役立つだけではなく、これまであまり注意を払われてこなかったような新たな事実の発掘にも繋がるのです

このように、抽象化・形式化という手続きによって、私たちは(ⅰ)より幅広い対象を一挙に扱うことができ、また(ⅱ)新たな/注意を払われてこなかった事実の発掘も期待できるのです。この手続きは、時に、対象の表面的な違いの裏に隠された共通性を浮き彫りにします。英語の分析を拡張する中で明晰化される、日本語の語順に課される制限もまた、そのような形式化・抽象化の産物の1つだと言えるでしょう。

参考文献

中村良夫 (2002) 「疑問詞移動」 中村捷・金子義明(編)『英語の主要構文』p.61-p.70 研究社

瀧田健介 (2016) 「移動と語順の制約」 村杉恵子・斎藤衛・宮本陽一・瀧田健介(編)『日本語文法ハンドブック:言語理論と言語獲得の観点から』p.366-p.407 開拓社

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