「さとのば大学」という試み

みなさんこんにちは。新荘(しんじょう)と申します。ADVENT CALENDARには、昨年に引き続き記事を執筆することになりました。読んでくださった方はお久しぶりです!

私は昨年度まで大学院生として研究しておりましたが(研究内容についてはこちら)、晴れて修士課程を修了し、就職しました!!

就職したのは、岡山県にある西粟倉村という、人口約1,500人の小さな村。

2004年に合併しないことを決断してから、2008年に「百年の森林構想」をかかげて林業を軸とした地域活性化と移住・起業の促進を行い、10年間で30社以上の企業・個人事業主が創業、今では人口の1割以上を移住者とその家族が占めるまでになりました。

そんな西粟倉村に大学をつくる、というプロジェクトが今年から始まりました。その名も、「さとのば大学」。地域という失敗が許される場で、さまざまな他人の視点も取り入れながら自分自身に向き合い、実践を繰り返すことで、自分の本当にやりたいことやありたい姿に気づくことができる大学、という思いが込められています。

さとのば大学は、株式会社アスノオトの信岡良亮さんが2018年に立ち上げました。将来的には、複数の地域を巡りながら学ぶ大学になることを目指しており、西粟倉村もその参加地域の一つとして名乗りを上げた形です。2019年度は、西粟倉村のほかに、宮城県女川町、島根県海士町、宮崎県新富町という、四つの地域活性化の先進自治体が参加しています。

新荘直明

1994年茨城県鹿嶋市生まれ。小学生のころに、地球温暖化による破滅的なシナリオに衝撃を受け、研究者としての地球温暖化の解決を志す。高校在学時に放課後のゼミで燃料電池を研究したときに感じた疑問がきっかけで、化学に関心を持つ。大学入学後、卒業研究配属前から生産技術研究所および化学専攻の研究室でインターンシップを行い、学会と論文で成果を発表。これまでにロシア、イギリス、ドイツで計4ヶ月の研究を実施。

ADVENT CALENDAR 2019―7日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!

図1 さとのば大学の参加自治体

私は西粟倉村でのプログラムを立ち上げる地域コーディネーターとして着任し、村にきたさとのば大学の受講生が取り組むプロジェクトを村内企業と連携して企画したり、受講生が住む場所や移動する手段を確保したりなどの仕事を行っています。

7月から9月までの3ヶ月間、初めての受講生となる1期生2人が西粟倉村に滞在されました。

1期生が取り組んだプロジェクトは、西粟倉村の森林の経営を行う株式会社百森をパートナー企業として、森林を木材の生産以外の形でも活用できないか模索する、というものでした。その背景には、村の94%もの面積を森林が占めるにもかかわらず、林業に従事する方以外の多くの方にとって、森林がなじみの薄い、むしろ立ち入りにくい場所となってしまっている、という現状があります。そこで森林を、村のみなさんが活動できる場として活用することで、村民にとって親しみやすいものとなるように働きかけることにしました。

受講生は3ヶ月で「森の夕涼み会」「森の文化祭」という二つの大きなイベントを森の中で主催し、それぞれ30-40人もの方にご参加いただきました。受講生がすべて用意してお客さんとしてきていただくのではなく、村のみなさんがやりたいこと・できることを持ち寄って出店し、一緒につくるという形をとったことで、森が活動の場として使えるというイメージを多くの方に持っていただくことができました。

写真1 森の夕涼み会の参加者とさとのば大学受講生の集合写真

受講生からは、一生続く地域・人とのつながりが得られたことに加え、西粟倉村での経験を通じて視野が広がり、自分のやりたいことがより明確になった、また、もとの場所に戻ってきてからも、参加する前とは物の見方が変わり、より多くのことに気づけるようになった、との感想をいただきました。さとのば大学は、Share Studyの一つのテーマでもある「視養」を深める場としても機能していると言えそうです。

最後に、私個人から見た、さとのば大学の現状の課題と今後への期待を述べておきたいと思います。

さとのば大学は、少なくとも現時点では文部科学省が認める正式な大学ではありません。民間企業が立ち上げた「私塾」です。したがって、幼稚園→小学校→中学校→高校→大学(→大学院)と続く既存の教育のシステムとはつながっていません。

また、地域をフィールドにしてはいても、キャンパスがあるわけではないので、地域の方が「さとのば大学」を目で見て理解することはできません(地域のみなさんにさとのば大学が何かを説明し、ご理解いただくのも地域コーディネーターの大切なお仕事です)。

さらに、発起人の信岡さんも講師のみなさんも私たちも教育学の専門家ではないので、さとのば大学の存在意義自体もカリキュラムも、教育学に裏付けられたものではありません。信岡さんが地域で暮らし、起業し、働く中で得た経験から必要だと思うものを講師のみなさんと一緒に体系化し、カリキュラムをつくっています。

そのような背景もあり、さとのば大学の本質的な価値は何か、といったとき、誰もが共通して答えられるようなものはありません。信岡さん、講師、受講生、地域の方…10人に聞けば10通りの答えが返ってくると思います。それゆえ、さとのば大学に参加していない方にとって、さとのば大学が何か、それに参加する価値はどこにあるのか、正直かなりわかりにくいのが現状です。

そもそもさとのば大学がめざす未来は、「学習するコミュニティ1ピーター・M・センゲが著書“The Fifth Discipline” (1990)において提唱した「学習する組織 (learning organization)」が元になっている概念。信岡さんご自身の考え方は、特定非営利活動法人グリーンズのウェブメディアに信岡さんが投稿している記事群「学習するコミュニティに夢を見て」に詳しい。」をつくること。共通した答えを求めるのではなく、各々が問いを考え、学び合えるコミュニティが育つこと。その世界観に照らして考えれば、誰もが納得できる価値の言語化をめざすよりも、多様な方がさとのば大学に参画し、自分なりの価値を感じて発信することで、次第に輪郭が浮かび上がってくるほうが、プロセスとして適切だと感じます。

学校の先生や教育行政に関わる方のような、既存の教育システムに携わっている方、教育学の研究者、地域の方も含めて、さまざまな方々と一緒に、さとのば大学のあり方や価値を探究し続けていけることを、楽しみにしています。

さとのば大学では、2019年1-3月の3ヶ月間に受講する2期生、2019年6-11月の6ヶ月間に受講する3期生を募集しています。詳細はこちらをご覧いただければ幸いです。2期の応募〆切は12月15日(日)となります。みなさまのご応募をお待ちしています!

Footnotes

Footnotes
1 ピーター・M・センゲが著書“The Fifth Discipline” (1990)において提唱した「学習する組織 (learning organization)」が元になっている概念。信岡さんご自身の考え方は、特定非営利活動法人グリーンズのウェブメディアに信岡さんが投稿している記事群「学習するコミュニティに夢を見て」に詳しい。

Writer

1994年茨城県鹿嶋市生まれ。小学生のころに、地球温暖化による破滅的なシナリオに衝撃を受け、研究者としての地球温暖化の解決を志す。高校在学時に放課後のゼミで燃料電池を研究したときに感じた疑問がきっかけで、化学に関心を持つ。大学入学後、卒業研究配属前から生産技術研究所および化学専攻の研究室でインターンシップを行い、学会と論文で成果を発表。これまでにロシア、イギリス、ドイツで計4ヶ月の研究を実施。