「科学の伝え方」を考える サイエンスコミュニケーションの類型的考察

科学者が非専門家に対して科学的なトピックを伝えることを一般にサイエンスコミュニケーション(以降SCと略す)と呼ぶ。SCはいわば活動であり、その定義についてすら多くの論文が出されているほどに多様で曖昧である。

この記事ではまず、SCという言葉の「コミュニケーション」の部分について特に分析し、その上でSCにおいて重視するポイントが二つあることを確認する。また、社会問題を扱う際には自然科学以外の分野との繋がりが重要であることにも触れ、それらの接点を探求していく場を目指して私が主催している「SCを考える会」におけるSCの探求方法について簡単に紹介する。

かいちょ

大学での勉学の傍ら、東京大学サイエンスコミュニケーションサークルCASTや、Utatanéなどの団体に所属してサイエンスコミュニケーション活動を行なっています。『SCを考える会』を主催し、サイエンスコミュニケーションの新たな方向性を模索しております。現在のトレンドは『どうにも解くことのできない問題に立ち向かうSC』。

ADVENT CALENDAR 2019―4日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!

SCの形式

近年、我々の周りには様々な形でサイエンスコミュニケーション(以降SCと略す)が溢れている。例えば実験教室とサイエンスショーというのはその中でも馴染み深いものとして挙げることができるだろう。実験教室は、参加者が手元で実験を行うことの多いもので学校の授業に近い形式を取る。一方のサイエンスショーは一度に多くの参加者に対して目の前で実験を披露するというものである。

これ以外にもSCは存在するのだが、特にSCを考えるということへ至る道筋として主にこの二つの話題に絞ることにしよう。

SCという言葉の分析

まず手始めにSCという言葉を検討しよう。単純にこの言葉を分けるのであれば「サイエンス」と「コミュニケーション」に分かれる。ここで、私は「コミュニケーション」の部分に対して十分な配慮がなされているのかを問いたいのである。

一つ目に、コミュニケーションが相手の立場に立ってなされているのかという点を配慮しなければならない。サイエンスコミュニケーター(以降SCerと略す)にとっての面白さが相手にとっての面白さと必ずしも一致するわけではないという当たり前の立場に立つべきだ。例として、実験を見せた後にその実験についての原理解説をしたとしよう。おそらくSCerはその実験に①現象としての面白さと共に②事象のメカニズムとしての科学に面白さを感じて原理解説まで入れたが、実際には①までで相手の興味は終わり、②に関しては退屈さすら感じる結果になることがある。これは、①と②で効果的なアプローチが異なることを考慮しなかったことに起因することが多い。SCerが気づくことのできない、相手の興味の「段差」には注意を払うべきだろう。ここで①のような現象としての面白さを重んじる立場を「サイエンスパフォーマンス」(以降はSPと略す)、②のような科学的手法としての面白さを重んじる立場を「サイエンスエデュケーション」(以降はSEと略す)としよう。このSPとSEの関係性は後の議論で重要になるため、後述することにする。

二つ目に、「SCそのものの価値」とは何かという点への配慮がされなければならない。これは、SCの文脈は教育・経済・政治と様々な分野と影響を及ぼし合っている点に着目したことから生じる主張である。ある時代には行政による科学技術振興を背景に、またその他の時代には理科離れを背景に、SCは用いられてきた1渡辺政隆(2012)サイエンスコミュニケーション2.0へ、日本サイエンスコミュニケーション協会誌 Vol.1  No.1、p.6-11。その歴史を考察すると、SCは社会からの需要に慢心してしまっているのではないかと思われる面がある。つまりは相手から歩み寄ってくる場合には、SCは成立しやすいのである。しかしながら、社会からの需要とは関係なく伝えるべきものを伝えるためのツールがSCではないだろうか。もしも科学理解に対して社会からの需要が無くなった場合には「SCそのものの価値」が問われるであろうことを心に留めなくてはならないし、常に問うべきだと私は考える。例えばそれは基礎研究の公衆理解などにも通じる話だろう。

SCのアプローチの違い

以上の二つが、SCを考える上で重要であると主張したいわけだが、いくつか注意しなければならない点がある。

それは、SCは活動であってSCerによって目的や方針が異なるという点であり、さらにそれらは評価することが難しいということである。例えば、前述のSPとSEは科学の活動において重視している点が異なっているのである。科学の活動は身の回りの現象に興味を持ち、それを科学的手法によって探求するという一連のプロセスを持っていると言えよう2佐伯胖[ら編](1995)『科学する文化』、東京大学出版会。SPは現象に対する好奇心を引き立てることを重視し、SEは現象の捉え方としての科学的手法を伝えることを重視する。

ここで、SPとSEのアプローチが異なることはほぼ必然的であろう。

SPは現象への興味を引き出すために、なるべく科学のハードルを下げることが重要である。代表例はサイエンスショーである。時にはストーリー調にしたり、派手な実験にしたり…。サイエンスショーは徐々に科学的手法とは離れていくだろう。そのことは「科学は不思議である」という言葉に如実に現れている。実際には「現象が不思議」であって科学はそれを解明するものとして捉えるべきだが、科学≒不思議な現象とみなすことで、現象への興味をそのまま科学への興味へと繋げようとする思惑を見ることができる。

一方のSEは「啓蒙」になりやすいと言える。それは、「現象のメカニズム」を扱わなければならず、その点において科学者と市民には知識の差が生じるためである。またその手法を知ることによるメリットが、知るためにかかるコストと比較して大きいと言えるかという点は重要である3西脇与作(2013)『入門 科学哲学 論文とディスカッション』、慶應義塾大学出版会。それはSCそのものの価値という点に帰着される話である。しかしながら、前述の通りメリットの感じられ方は時代背景によって大きく変化するため、社会からの需要とは関係なくそれらの価値を伝えていくことはそう単純な話ではないように思える。また、ここで一番懸念されるのはメリットの押し付けが行われやすいことであり、それはまさに「啓蒙」になる可能性が高いのである。

SCに新たな接点を

ではSPとSEはそれぞれ別のアプローチを保ち、分かれたままで良いのかという疑問が生じる。ここで、研究のプロセスに再び戻るとSPとSEはどちらも欠かせないものであることに気付かされる。両者の交流は、SCの発展においては重要なポイントと言えよう。そのような交流の場を目指し発足したのが私が主催している「SCを考える会」である。

ここまでの文章を読み返すと、科学を自然科学に絞った議論をしていないことに気づくだろう。対象の魅力の感じ方は学問分野や、個人によってもそれぞれかもしれないが、少なくとも対象に興味を持ちそれを様々な手法を用いて探求するというプロセスは共通であろう。さらには、社会に起こっている様々な問題はしばしば自然科学の領域だけでは解決し得ないものも多いだろう(環境問題を扱う際には科学技術のみならず、国際関係論や政治学などによる考察もなければ全容を把握することは難しい)。いや、むしろ自然科学のみならず他の学問領域との接点を持つことは現代社会の抱える複雑な難問に立ち向かう新たなSCの源流となるのではないだろうか。

ここまでに掲示した二種類の接点(SPとSEの接点・異分野同士の接点)を積極的に探求していくことは「SCを考える会」の理念「多様なコミュニケーターの場を提供し、新たなSCのあり方を探求する」という一文に込められている。

SCの探求をどのように行うか

さて、ここまではSC探求の方針について述べたが、具体的なSC探求の方法について、「SCを考える会」の事例をもとに紹介しよう。私は「SCを考える会」の探求方法には教育実践の影響を色濃く受けていて、「実践ベース」であるということを始めに言っておこう。

SCの探求に使える学問として一番近いのは科学技術社会論や教育学といったところであろうか。では、そのような諸学問をもとにSCを対象とした学問体系を作ることがSCの探求として適切だろうか。確かに体系化は一般性のある議論をすることができるという利点がある。しかし、この一般性のある議論を実践に適用するには難があるということが教育学の世界では語られている4佐伯胖[ら編](1998)『心理学と教育実践の間で』、東京大学出版会。そこで、SCは実践知を個性記述するものとして探求していくべきであろう。つまりは、現在までに行われたSC活動を振り返ることでSCのディスコースを知り(Cognition)、その中で生じる相違と共通項について議論を深める(Communication)ことで、新たなSCのディスコースを構成(Construction)することがSC探求の手法として考えられるだろう。『SCを考える会』はこの手法を『3つのC』と呼び、これに基づいて運営している。

12/8には第4回『SCを考える会』が行われる。テーマは『研究と市民をつなぐ〜何を伝えるか?何が伝わるか?〜』であり、研究を伝えることの意義・難しさに踏み込んでいく。これを通して「SCそのものの価値」へと踏み込むきっかけになればと思う。

Footnotes

Footnotes
1 渡辺政隆(2012)サイエンスコミュニケーション2.0へ、日本サイエンスコミュニケーション協会誌 Vol.1  No.1、p.6-11
2 佐伯胖[ら編](1995)『科学する文化』、東京大学出版会
3 西脇与作(2013)『入門 科学哲学 論文とディスカッション』、慶應義塾大学出版会
4 佐伯胖[ら編](1998)『心理学と教育実践の間で』、東京大学出版会

Writer