
Yuki
ADVENT CALENDAR 2019―22日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!
はじめまして!私は大学院で英語と日本語を対象に通訳翻訳の研究をしています。この研究を始めた動機は「良い訳ってなんだろう?」という疑問でした。 人間が使う言葉は常に法則通りというわけではないので、研究も一筋縄ではいきませんが、それこそが楽しい側面でもあります。 今回は、通訳翻訳の研究を行ううえで私自身が得られた気づきを共有させていただきます。
通訳翻訳とは-学校で習った和訳とどう違うの?
通訳翻訳とは、すごく簡潔に言うと、外国語を訳すことです。 では、「訳す」とは一体どのようなことを指すのでしょうか?言葉を「置き換える」ことでしょうか?その回答をすると、通訳翻訳学の分野ではおそらく渋い顔をされるでしょう。正解はありませんが、みなさんなりの答えを考えてみてください。 例えば、 「この英文を和訳しなさい。」 学校の英語のテストでこんな問題文よく見ますよね? 通訳翻訳学では、「訳す」はこの「和訳する」とは似て非なるものだと考えます。 この二つはどのように違うのでしょうか?実際に例を見てみましょう。 以下の会話文を和訳してください。
例1: Mary) I just bought a new dress. Peter) But you bought a new dress last week.
あなたの訳はどのようになりましたか?訳すうえで工夫したことは? 次は、以下の会話文を翻訳してみてください。
例1-2: 文脈:MaryとPeterは夫婦です。旅行のために一緒に貯金をしています。 Mary) I just bought a new dress. Peter) But you bought a new dress last week.
訳は変わりましたか? 実は、ここにこそ翻訳と英文和訳に違いがあると考えます。 通訳翻訳では、当然、もとの文を正しく理解することや忠実に訳すことを大切なことだと考えます。しかし、その言葉の表面的な意味だけで訳文が決められるわけではないのです。 翻訳者は、言葉のの背景、例えば話し手の立場・性格、話し手と聞き手の関係、また、その言葉の目的など様々なことを考慮して、訳文を作ります。 こうして考えてみると、「訳す」ということは、ただ言葉を「置き換える」こと以上のものであると言えそうです。。言葉の表面上の意味だけでなく、その言葉を発した人や訳文を受け取る人のことを考えて、翻訳者は訳を生み出しているのです。つまりは、言葉の表面上にある意味以上のことも考えることが通訳翻訳と英文和訳の大きな違いだということです。
私たちはどうやって言葉を使っているのだろう?
研究を始めるまで、私はこのようなことを考えたことがありませんでした。通訳翻訳に触れる以前に考えていたことは、「こなれた訳にしたい」「綺麗な発音で訳したい」といったものでした。 しかし、大学院で学ぶうちに気づいたことは、「良い訳」を見つけるヒントはもっと深いところにある、ということです。明らかにしなければいけないことは、「どうやって」訳しているのか、「どうやって」言葉を使っているのか、というような「どうやって」の部分なのです。 例えば、英文読解にはスラッシュ・リーディング1文の意味の区切りごとにスラッシュを入れながら読むこと(染谷泰正・増澤洋一(2002)『英文読解の理論と技法』 )が推奨されることがあります。 例えば次のような文章があったすると、私なら次のようにスラッシュを入れます。
It is important to learn English which is a global language. ↓ It is important /to learn English /which is a global language.
このようにスラッシュを入れることによって、以下のように読み進めることができます。 重要なことは(=It is important )/英語を学ぶことで(=to learn English) /それ(英語)は国際語である。(=which is a global language.) 通訳翻訳学では、このように原文の流れ通りに訳すことを順送りと呼んでいます。とはいえ、なんでもかんでも前から訳せば良いというわけではありません。ここで重要なのは、情報構造という考え方です。私たちは言葉を使うときに、情報が新しいか古い(既に知っているか知らない)ものかということを意識的または無意識的に判断して言葉を並べています。よくわからないと思うので、下の例をご覧ください。
例2: 学生2人が以下のような会話をしました。 A「見て、ペンを買ったよ。」 B「いいね、それってずっと欲 しがってたやつじゃない?」 A「そうだよ。」
「それ」と「そう」は情報構造的にいうと、旧情報になります。「それ」は詳しくいうと、「あなたが買ったペン」で、一つ目のAさんのセリフの情報です。「そう」は「私が買ったペンはずっと欲しかったペン」です。新→旧→新→旧という鎖のように情報は繋がっているのです。 このようなことは改めて考えれば当たり前かもしれません。ですが、研究を始めて 通訳や翻訳に触れるまで、私にとっては考えたことのなかったことです。 もし、これを英語に訳すなら、どうなるでしょうか。 私はこのように訳しました。
例2−2: A “Look! I bought a pen.” B “Nice! Is it the pen you always wanted?” A “Yes, it is.”
「英語には冠詞(a/the)があり、日本語にはない。」とよく言われますが、実は、考え方自体は私たちが自然に判断している情報の新旧に関連しています。逆にいえば、例2−2を日本語に訳すときに例2のような訳文にできるのです。 このようなことを理解すると、訳す時の言葉選びも変わってきますし、なにより情報の結束性が高い翻訳通訳を実現することができます。つまり、読みやすい、聴きやすい訳文が可能になるのです。これは「良い訳」のひとつの要素だと言えます。
「それ、言語化してくださいよ。」
私の研究では、先ほどのように、文章にスラッシュを入れながら、その訳文が順送りかそうでないかを質的にだけでなく数値的にも判断できる手法を模索しています。
スラッシュを入れる箇所を考えるときは、私は「意味の区切れってここかなあ」と感覚に頼って作業をしていました。 しかし、作業をしているうちに、そのスラッシュの入れ方は自分だけの特有のものなのだろうかという疑問がわき始めました。
そこで、ゼミの仲間にお願いをして、同じ作業をしてもらいました。すると、その友人は私と大体同じように意味を区切っていることがわかり、特有な切り方はしていないことを知って安心しました。
しかし、ここに最大の難関が潜んでいました。データを指導教官に見せると、「どうやってスラッシュ入れてるの?それ、言語化してくださいよ。」と言われました。
言語化…?いや、入れるところは意味の区切れなのでで…。いやまて、そもそも意味ってなんだ?どうやって区切れを判断したんだろう?
こんな疑問が頭の中に浮かぶと同時に、自分が感じていることや、理解していることを自分の言葉で説明して人に伝えることはこんなに頭を悩ますことだったのか!と気づいたのです。その事象を正しく理解できて、正確な言葉を知っていれば、それを言葉で表現できたのかもしれません。でも、私はその場では言葉にできませんでした。
ここでお伝えしたいのは、自分の思考を言葉にすること、ましてや、通訳翻訳というたくさんの情報を含んだ複雑なものを言葉で説明することはすごく難しいことであるということです。私たちは日常生活で言葉を使って様々な活動を何気なく行っています。しかし、その何気ない活動を言葉で説明しようと思うと、自分の語彙力のなさ、理解力の乏しさなどを、ひしひしと痛感するのです。
おわりに
この記事で伝えたい点をまとめると以下になります。
- 言葉の意味は表面に見えているものだけでなく、より深いところにも隠れている
- 日本語や英語などの言語の種類に関係なく、言葉が伝える情報の流れは重要であり、通訳翻訳ではこのような観点における意味も同時に扱う
- 自分の思考を説明することは難しく、その困難にぶちあたった時に、自分がその対象をきちんと理解していないことに気づく
言葉を扱う研究を行なっているからこそ、言葉を使うことに私は真剣に悩みます。言葉そのものを理解することが通訳翻訳につながっているのです。皆さんも日々の何気ない言語使用について改めて目を向けてみてください。新たな発見や学びが見つけられるかもしれません。
参考文献
安西徹雄(1995)『英文翻訳術』筑摩書房
山田優(2008)「第4回 通訳翻訳研究の世界〜翻訳研究編〜順送り訳と情報構造」 日本会議通訳者協会
Footnotes
⇡1 | 文の意味の区切りごとにスラッシュを入れながら読むこと(染谷泰正・増澤洋一(2002)『英文読解の理論と技法』 ) |
---|