日常の扉をひらく人文学

はじめまして、UT-humanitasです。「ゆーてぃーふまにたす」と読みます。人文学にかかわる大学院生の学生団体です。

この団体は、2018年に東京大学の大学院生有志によって設立されました。人文社会研究科(文学部)や教育学研究科(教育学部)、法学政治学研究科(法学部)から工学系研究科(工学部)まで所属も関心も様々な大学院生たちが、「人文学に関心を持つ/携わっている」という点を共有して集まり、活動を行っています

現在の主な活動は東京大学の学園祭(五月祭・駒場祭)で展示企画「ジブン×ジンブン」を実施することですが、メンバーの関心に沿った読書会なども行っています。「人文学を自分のこととして考えてもらう」こと、そしてゆくゆくは「人文学に携わる・関心を持つすべての人のプラットフォームになる」ことが、私たちの目標(野望?)です。

UT-humanitas

人文学の意義や面白さを伝えること、人文学に関心を持つ人や人文学に携わる人のプラットフォームとなることを目的として活動する学生団体です。現在は東京大学の大学院生が中心となって運営しています。

ADVENT CALENDAR 2019―17日の投稿

12月1日から24日までクリスマスを待つまでに1日に1つカレンダーを空けるという風習に習って、記事を投稿するイベント、それがADVENT CALENDAR!

人文学ってなに?

この記事をご覧いただいている読者の皆さまは、学問や研究に対して強い関心をお持ちなのだと思います。「人文学」と聞いて、そんな皆さまはなにを思い浮かべるでしょうか。多くの方は、哲学、文学、歴史学といった学問分野を連想するのではないかと思います。しかし、人文学の領域は、それらの分野を超えた先にも広がっています

英語ではHumanities、日本語では「人文学」とか「人文科学」とよばれる分野は、Social Sciences―社会科学と対置されることが多いです。社会科学に含まれる学問分野には、法学や経済学、政治学、社会学などがあります。ただ、「人文学」と「社会科学」の2つは厳密に線引きできるものではありません。政治哲学や経済史のように、いわば人文学と社会科学の交点にある学問領域も存在します。この2つは「人文・社会科学」としてひとくくりに論じられることもあります。

また、いわゆる「理系」に分類される学問分野であっても、人文学的な問題関心をもつ人たちもいます。例えば、建築や都市計画は人間と切っても切り離せないものですから、そこに暮らす人にとってどんな生活がよいか、どんな社会を想定するかが設計の核になります。そのときには、人文学の知見が社会や人間をとらえるスコープとして機能するでしょう。

あるいは、ひとつの問題関心に対して様々なアプローチが動員される場合も多々あります。それが顕著な例としては、ジェンダー論をあげられるでしょう。ジェンダー論は、我々がどのように性規範を構築したり、それに従ったり、それをつくりかえたりしているのかということを、様々な観点から明らかにしようとします。文学や映画、音楽などに表される、あるいは作者も気づかないうちに織り込まれている性規範を読み解く研究から、社会で性別が理由となって生まれる扱いの差(性差別)の実態を明らかにする研究まで、「ジェンダー」という概念を導入して世界を捉えなおそうとする試みは学問分野を超えて広がり、協働しているといえます。

このように、「人文学」はその内部と外部をはっきりと切り分けられるものではありません。そしてそれゆえに、団体の運営メンバーにはいわゆる「文系」の院生も「理系」の院生も含まれています。そうした状況を包括するために、私たちはひとまず人文学を「人間の『文』(テクスト)や『文脈』(コンテクスト)を問う学問」と定義しています。それはもしかしたら、「人間のつくるもの、考えること、ふるまい」を問うことだと言い換えられるかもしれません。

しかし、なにかを問うときの「問い方」には様々なやり方があります。体系立てられた「問い方」および問いに対する説明のやり方を、「方法論」と呼ぶことができるでしょう。

私たちの普段の生活に関わるさまざまなものごと——小説・漫画・音楽・ドラマなどの芸術作品、日記、写真、SNSの投稿、記念式典やイベントなどなど——は、人文学の分析対象としてとらえられうるものたちです。

先月の22日から24日に開催された東京大学駒場祭では、企画「ジブン×ジンブン」の目玉として「ジンブンアトラス」という展示を行いました。「アトラス」とは地図帳のこと。ある対象=「テクスト」に対して、いろいろな専門分野をもつ人々がそれぞれの視点から問いを立てたり、コメントしたりします。これは、人文学が内包する方法論の豊かさや、それぞれの学問分野から見える景色の違いを体感していただくと同時に、来場者のみなさま自身にも、問いを立てるという行為を体験していただこうという企画です。

今回の「ジンブンアトラス」では、「イソップ寓話『北風と太陽』」「上野動物園のペンギンとそれを見る子ども」「東京オリンピック 幻のマラソンコース」の3つを題材に、大学院生たちがそれぞれの専門分野から問いを立てました。同じテクストに対して、「美学」「歴史学」「動物行動学」「表象文化論」などなどを専攻する学生がそれぞれの方法論を踏まえて問いを立てるという機会はそれほど多くはありません。これに関してもっと詳しく知りたい!という方は、ぜひ当団体のブログnoteもご覧ください。

「ジンブンアトラス」の一部。「北風と太陽」の挿絵を題材とし、メンバーが立てた問いに対して、来場者の皆さまのコメントやさらなる問いがふせんで貼り付けられています。気になる内容は当団体のnoteをご覧ください!

ここまで、「人文学とは何か?」というトピックについてお話ししてきました。しかし、こうしたテーマの記事では避けがたいトピックがまだ残っています。「人文学は必要なのか?」という疑問に対してどう答えるかということです。

人文学は要らない?

UT-humanitasの立ち上げにあたって強く意識されていたのは、「人文学不要論」に対するカウンターでした。2015年にマスコミを賑わせた「文系学部廃止」騒動や、近年人文系のみならず高等教育や研究者全体に対して吹き荒れている逆風は、人文学に関わっている大学院生である私たちにもひしひしと感じられています。そうでなくてもより身近なところでは、「あなたの専門って何の役に立つの?」とか「文系で院進して、就職できるの?」といった質問をいったい何度受けたことか……。

しかし実のところ、「人文学は必要か?」とか、「人文学は役に立つか?」といった疑問に対して、私たちはうまく答えることができません。人文学は、「役に立つ・役に立たない」という議論の前に、「役に立つとは何か?」ということを考える学問だからです。それを承知でこうした問いが発される際に想定される「役に立つ」の意味に引き付けてみると、たしかに人文系の学問を専攻した学生が就職を考える際に自身の専門分野の知識をそのまま仕事でも活かせるケースはそれほど多くありません。人文学を学ぶことで身につくスキルとして、論理的に考える力、文章を構成する力や語学力などがよく例に挙げられますが、それは人文学ではなくとも学問一般に要求され、高等教育一般で養われるスキルでしょう。では人文学を学ぶことの利点、得られるもの、目的は何なのか?その問いに対する答えは研究者の間でも千差万別です。

あるいは、人文学の方法論に関する批判もあります。その中には、耳の痛いものもあれば「ちょっと待って!」と誤解を解きたくなるものもあります。例えば、「一つに定まる正解がないから」「主観的だから」人文学は無用の長物だと思われる方がいるかもしれません。しかし、「一つの正解がない」ことは「なんでも正しくなる」ということではありませんし、「対象の再現可能性がない(人文学が扱う対象は一回限りのできごとであったり、物理的・倫理的に対照実験が不可能なものごとであることが多い)」ことは「主観や思い込みによって論じることが許される」ことでもありません。そうした誤解を受けてしまうのはとても残念なことです。

そうした疑問や批判に応答する一つの方法として、人文学およびそれに携わる人々を取り巻く昨今の状況や、人文学という学問は何を対象としてどのような思考をもとにそれを論じているのかということを、修士課程の大学院生という立場から広く問いかけようと試みているのがジブン×ジンブンという企画です。

また、人文学はどこか遠い世界のもの、学者やマニアだけに受けるものだと思われてしまうことも私たちの本意ではありません。「ジブン×ジンブン」は、冒頭で述べたように「人文学を自分のこととして」——「ジンブン学を、ジブンごとに」というコンセプトを掲げてスタートしました。人文学は、日常のものごとを対象にし、それらの対象の新たな一面を描き出すことができます。それはどこか遠くにある「他人事」ではありません。人文学は、あなたの日常に関わるものでもあるのです。そしてこのことは、先ほどの問い——「人文学は必要なのか?」——への回答の一つとなるのではないでしょうか。

ジンブン学を、ジブンごとに

「あたりまえ」だと思っていたことが知らない一面を見せるとき、自分のこれまでの常識が鮮やかに塗り替えられるとき、人文学は、私たちの視界を一気に広げます

それはもしかしたら怖ろしいことかもしれません。「日常がゆらぐ」ということは、これまで生きてきた中で知らず知らずのうちに前提としてきたものを疑うということです。それには相当の労力が必要とされますし、あまり考えたくなかったこと、目をそらしてきたことに向き合わなければならないかもしれません。しかしそれは、「あたりまえ」に甘んじて思考停止をしないということです。大上段に構えて言うと、それは人間らしく生きるために必要とされる態度といえるかもしれません。それになによりも、知の扉を開くのは、とてもわくわくすることではありませんか?

大学で人文系の授業をとる、博物館や美術館、シンポジウムへ足を運ぶ、本を読むなど、人文学の方法論や積み重ねてきた成果を知る方法は様々です。そして、人文学の営みにより積極的に関わっていくこともまた、職業研究者や関連業界での仕事だけにとどまりません。「人間の文や文脈」―あなたが関心のあるトピック、身の回りのものごと、自分自身に対して問いを立てたとき、人文学の扉は開かれています。どのような切り口で問いを立てればよいのか、どんな方法でその問いにアプローチすればよいのか、そんな疑問につまずいたときには、人文学の積み重ねてきた知がきっとあなたを助けてくれるでしょう。

この記事や私たちの活動を目にしたあなたが人文学に興味を持っていただければ、そして、もし「その成果に触れてみようかな」「自分も人文学に関わってみたいな」とまで思っていただければ、私たちにとってこれほど嬉しいことはありません。

ADVENT CALENDAR 2019
テーマ:日常の視点が思わずゆらぐ学習・活動秘話

勉強であれ、研究であれ、仕事であれ、活動であれ、本気で向き合っていると「あっ、ちょっと周りの人と考えがずれてきたな」と思うことってありませんか?深めれば深めるほど、思わぬ考えに至ったり、それが振る舞いに現れたり…

ADVENT CALENDAR 2019のテーマは「日常の視点が思わずゆらぐ学習・活動秘話」です。普段は当たり前のようにこなしている仕事やそれに必要な考えやノウハウも、そのことにとりわけ関わりのない人にとっては「思いもかけない」ことでしょう。今回、一年を振り返る間際の12月、面白い・意義深い考え方や知識、あるいは実際に日常の活動を行う中で見出している応用可能性の高い学びや経験を「ことば」にしてみませんか?

きっと本気で向き合ったときに滲み出てしまう周囲への「違和感」は、誰かにとってはダイヤの原石のような思わぬもので、味わい深いもののはずです。そんな「日常の視点が思わずゆらぐ学習・活動秘話」をお待ちしています!

Writer

人文学の意義や面白さを伝えること、人文学に関心を持つ人や人文学に携わる人のプラットフォームとなることを目的として活動する学生団体です。現在は東京大学の大学院生が中心となって運営しています。