磁石は粒子を曲げるもの?! 物理学者の頭の中

「磁石のように引き合う」という比喩表現を聞いたことがあるでしょうか。例えば運命の人に出会った瞬間とか。「磁石」や「磁力」と聞くと、引き寄せるようなイメージを持つ人が多いと思います。

しかし、実はこの「磁石≒引きつけるもの」という現象は、物理の基本的な知識からだけでは説明できないのです。今回とある会話からこの「磁石」についてまさに「あっ、ちょっと周りの人と考えがずれてきたな」と思ったことを紹介したいと思います。 

ゆーみるしー

総合研究大学院大学素粒子物理学専攻。研究学園都市で素粒子の研究をしつつ広報に首を突っ込んでいる大学院生(D2)。難しい素粒子物理を楽しく面白おかしく伝えたい。写真とマラソンが趣味。お酒と猫が好き。

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私の頭の中で「磁石」は「ものを引きつける」ものではなくなっていた

こんにちは。つくばの北の方で素粒子物理学の研究をしているゆーみるしーです。

みなさんは「磁石」と聞いてどんなことをイメージしますか?もちろん、鉄釘や砂鉄が引きつけられる、あの赤と黒の磁石をイメージすると思います。しかし、私がイメージする「磁石」は違います。例えば、

こんなのや、あるいは

こんなのです。

私は、粒子と粒子をぶつけて粒子の性質を調べたりする加速器と呼ばれる実験装置を使った実験に関わっています。1枚目の写真はこの加速器の写真です。

私は中でも、加速器で生成された粒子を捉える「測定器」を研究しています。私の究する測定器は、荷電粒子(+や-の電荷を持った粒子のこと)の位置と勢い(運動量)を測定する役割を持ちます。粒子が検出器の中に入ると、検出器の中を満たしているガス分子に衝突して、ガス分子を電子と陽イオンに分かれます。電場をかけると(電極間に電位差をつくると)、できた電子が読み出し部に向かって動きます。この電子を測定することで、粒子がどこを通ったか分かるのです。 (詳しくはこちら

さらに、電場と平行に磁場をかけると、荷電粒子は曲がり、この曲がり具合から勢いがわかります。フレミングの左手の法則を思い出してください。フレミングの左手の法則とは、磁界(磁場)がある場所において、電流が流れているものに力が働く、という現象で、力が働く方向を表したものです。荷電粒子は電流のように捉えることができるので磁場があると力を受けて曲がるのです。2枚目の写真はこの測定器で磁場をかけるための磁石です。

このような研究をしている私は、だんだん「電場は荷電粒子を移動させる(加速させる)もの」「磁場は荷電粒子を曲げるもの」という認識が当たり前になってきていました。だから、あたりまえに感じる「磁石はものを引きつける」という認識が薄れてきていたのです。

いつから「磁石はものを引きつける」という認識がうすれてきたか?

物理を学ぶ学生である私が、いつから「磁石はものを引きつける」という認識がうすれてきたのかということを考えてみます。高校で物理を履修すると静電気力や電位の概念、電流と磁場の関係や電気回路など、電気・磁気の性質とその利用法などを習います。鉄が磁石にくっつく、という現象に関して、高校の教科書を見ると1國友正和ほか9名「改訂版高校物理Ⅱ」数研出版株式会社(平成19年)「砂鉄や釘などは磁石によく引きつけられる。これは磁場の中に置かれた金属が、磁石の性質を強く帯びるためである。このように、磁石の性質を帯びることを磁化という。」と書かれています。たった3文ではありますが、私たちの実体験を説明するように書いてあり、この時点ではまだ磁石はものを引きつける、という認識の方が強かったでしょう。

大学生になると、電気と磁気を別々に考えるのではなく、電磁気として一緒に考えるようになります。そして電磁気の性質はマクスウェル方程式という式にまとめられます。電場:E磁場:Bで表すと以下のようになります。(そのほかの文字の説明は割愛)

(実はこれらの式は1つにまとめることができてそれもまた面白いのですが本筋からずれるので割愛します)

そして電磁場から荷電粒子が受ける力ローレンツ力は以下のように表せます。

この式が言っていることは、フレミングの左手の法則と同じです。qは電荷vは粒子の速度を表しています。

これより後に学ぶべきことは専攻によっても違うと思います。ですので電磁気学の一般的な知識というのはこのあたりまでということになるのではないでしょうか。

ところが、このマクスウェル方程式とローレンツ力では、鉄が磁石にくっつく、という現象は説明できないのです。

それでは鉄が磁石にくっつく、というのはどう説明されるのでしょうか。それに答えるには、電磁気の性質だけではなく原子にも注目する必要があります。磁気モーメントという量を考える必要があるのですが、これを自然に定義するには、相対論的量子力学の登場を待たなければなりません2アンドレ・エルパン 宮原将平, 野呂純子訳(1982年)『磁性の理論1』講談社

(詳しい説明は割愛します、というかまだ私が文章化できるほど理解できていません。)

説明するのに多くの知識を必要とする、ということは、その知識体系が確立するまでは、「鉄が磁石にくっつく」という現象が説明できない時期が長かったということです。現象は経験的によく知っているけれど今までの積み上げられて来た物理の知識だけでは説明できない、という状態だったのです。相対論的量子力学が確立されていない時代の物理学者は、もう夜も眠れないほど気になって仕方がなかったでしょう。

さて、少し脱線しましたが、おそらく大学でマクスウェル方程式、そしてローレンツ力を勉強する頃にはすでに「鉄が磁石にくっつく」ということは授業では扱わなくなっていたので、その頃にはもうそういう認識は薄れていたのでしょう。身近な現象を網羅的に説明しようとする高校の授業までとは違い、大学では知識を下から順々に積み上げていく授業の形式が多いと思います。ですので、私は、磁石を説明できる知識を蓄える間に「鉄が磁石にくっつく」ということを忘れてしまっていたのです。(相対論的量子力学まで勉強して、その知識を研究に使う人なら逆にこの概念が当たり前になるのかもしれません)

認識のずれが話のわかりにくさを生む

今回わかったことは、このような認識のずれが自分にあるということを自覚して話をしなければいけない、ということです。私たち大学院生や研究者は、自分の研究を専門外の方に話す機会がしばしばあります。そのときに、私の例で言えば「磁石」と口にした時に私がイメージするものと、聞いている人がイメージするものが違う、ということをわかっていなければ、話は伝わりません。

だから、専門外の方の話を聞くときになんだかよくわからない単語や表現がでてきたら、「ああ、きっと頭の中に描いているものが違うんだな」と思ってください。そしてやさしく「そのイメージ伝わってないです」と教えてあげてください。また、もしこれを読んでいるのが大学院生だったら自分の分野で我々の「磁石」にあたる言葉がないか考えてみてください。知らず知らずのうちに、一般的な認識とずれている言葉があるかもしれません。私も普段何気なく「磁場が粒子を曲げて〜」とか言ってしまうのですが、「物理わからない!」と言われることの一端が理解できたような気がしました。

参考文献

この記事はてんそるたんのブログ、およびそれに触発されて書いた自分の記事をもとに再構成したものです。

Footnotes

Footnotes
1 國友正和ほか9名「改訂版高校物理Ⅱ」数研出版株式会社(平成19年)
2 アンドレ・エルパン 宮原将平, 野呂純子訳(1982年)『磁性の理論1』講談社

Writer

総合研究大学院大学素粒子物理学専攻。研究学園都市で素粒子の研究をしつつ広報に首を突っ込んでいる大学院生(D1)。難しい素粒子物理を楽しく面白おかしく伝えたい。写真とマラソンが趣味。お酒と猫が好き。