英語の語順は不自由なのか?:機能主義統語論から見る英文法

一般に、英語は「語順が不自由な言語」だと言われます。例えば、日本語では主語と目的語の位置を入れ替えられるのに対して、英語ではそのような入れ替えが許されないことなどがその1例と言えます。
 
(1)
私は記事を書いた。
記事を私は書いた。
(2)
I read an article.
*An article read I.
(アスタリスク”*”は、その文が非文法的であることを示す)
 
昨日の記事(「日本語の語順は自由なのか?―形式主義統語論から見る日英語の共通点」)では、形式主義的な統語論の立場から日本語の語順について扱いました。そして、その分析の中で「一般化・形式化」という考え方が「幅広い事柄を扱う」「今まで注意を払われてこなかった事実に注意を向ける」ことに役立つ、ということを示しました。
この記事では、主に意味やコミュニケーション機能などの観点から文法について考える「機能主義統語論(Functional Syntax)」に基づく英文法の分析を紹介していきます。その中で、改めて「一般化・形式化」という考え方の有用性を紹介します。それと同時に「一般化・形式化が陥りやすいミス」についても触れ、「システムだけではなく、幅広い事実を丁寧に見つめる」ことの大切さについて説明していきます。

もっちゃん

ことばを操る脳のはたらきを通して『人間”らしさ”って何だろう?』ということを考えている。「文理融合」「高大接続」という2本柱のモットーを引っ提げて、開かれた社会としての学問を模索したい。お昼寝が好き。朝の2度寝はもっと好き。

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英語の様々な語順

冒頭で見たように、英語の語順はとても限定的で、不自由であるように見えます。確かに、典型的な英語の文の多くはSVO語順(主語-動詞-目的語語順)で、それ以外の語順の文を見かけることは少ないかもしれません。しかし、実際の英文テキストや、英語母語話者の発話をよく眺めてみると、単なるSVO語順ではない、様々な語順の文を見つけることができます。まずは、英語の(比較的)柔軟な語順の事例をいくつか見ていくことにしましょう。1以下で紹介する構文を用いた英文を文法的と感じるか、については個人差があります。例えば、目的語の話題化については、これを問題なしと判断する英語母語話者もいれば、非文法的だと判断する母語話者もいます。ここでは、議論を進める都合上、このような個人差は捨象しています。文が不適当に感じられるような例は、文法規則に違反した例と区別して”#”で表記します。

1つ目の例は「話題化(Topicalization)」と呼ばれるもので、文の目的語や副詞を文頭に移動させる文法現象です。次の例文を比べてみましょう。

(3)

a. She accepted this one.

b. This one she accepted.

(Ward, Birner, and Huddleston 2002: 1366)

(3a)は、一般的なSVO語順の例文です。これに対して、話題化が用いられた(3b)の文では、目的語の this one が文頭に現れています。

話題化とは対照的に、目的語が他の要素を越えて文末に移動する「重名詞句移動(Heavy NP Shift)」という文法事項も存在します。

(4)

a. I made all the changes you wanted without delay.

b. I made without delay all the changes you wanted.

(Ward, Birner, and Huddleston 2002: 1366)

(4b)では、(関係節を伴う)目的語 all the changes you wanted が、前置詞句 without delay を飛び越えて文末に現れています。

話題化や重名詞句移動は、ある要素(ex. 目的語)が文頭/文末に現れるという現象でした。この他に、2つの要素の相対的な位置関係が入れ替わる文法現象も存在します。1つ目の例は、SV+[場所表現]という語順において、主語と場所要素が入れ替わる「場所要素倒置(Locative Inversion)」です。

(5)

a. Two nurses were on board.

b. On board were two nurses.

(Ward, Birner, and Huddleston 2002: 1366)

ここでは、主語の two nurses と、場所を表す前置詞句 on board の位置が入れ替わっています。

語順と情報構造

前節で見たように、英語には様々な語順のバリエーションがあります。これは「英語の語順は不自由で、固定的である」という印象とはずいぶん異なります。では、実際には多様な語順が可能であるにもかかわらず、英語に対して「語順が不自由」という印象を抱いてしまう理由は何でしょうか。

実は、英語の語順には「”知っていること”から”新しく導入されること”へ」という、コミュニケーション上の制限が課せられています。この条件を、次のように形式化・一般化してみましょう。

(6) 英語の情報構造:英語の文は「旧情報(聞き手がもう知っていること)」から始まり、「新情報(聞き手が知らないこと/話し手が特に伝えたいこと)」を文末に配置する。

話題化や重名詞句移動を用いた構文はこの条件に従います。例えば、話題化構文は基本的に「文頭に移動する要素が旧情報である場合」にしか用いることができないことになります。2例文(7)は、引用元ではアスタリスク”*”を付されています。しかし、Takizawaはこの例文に対して”unacceptability”という言い方で評価しているため、この文は(意味的・語用論的制約には違反している者の)非文法的ではないと言えます。したがって、これは意味・談話に関する容認性(Acceptability)の問題であると考えられます。以上の理由より、本文では表記法の統一の理由から、この文の文法性/容認性の表記には”#”を用いました。以下、例文(9)も同様。

補足情報として、狭義の文法的(統語的)な要因に基づく文の良し悪しは「文法性」と呼ばれ”*”で表記する一方で、”#”で表記する「容認性」は、文法以外の要因に基づく文の良し悪しに関する問題です。例えば「*太郎が を-カレー 食べた」は文法的な理由で排除される一方、「ペンが机の上にいる」は意味的な理由で排除され、母語話者の直観上、質的に異なるものに思われます。情報構造上の要因から「不適切」と感じられるような例文は、主に容認性に関する問題と考えられます。

(7) #A certain printer, I bought. (Takizawa 1987: 223)

(#は、意味・文脈上、不自然であることを示す)

(7)の文では、話題化によって目的語の a certain printerを文頭に移動しています。しかし、このような話題化は不自然で、容認されません。その理由は目的語についた不定冠詞 a/an にあります。不定冠詞のつく名詞は、通常、聞き手にとって未知の情報=新情報を表します。したがって(7)の話題化は新情報を文頭に移動していますが、これは「文頭に旧情報、文末に新情報」を求める(6)の条件に違反してしまいます。

同様のことが、重名詞句移動にも言えます。次の文を見てみましょう。

(8)

A: What did John buy for Mary?

B: He bought for her [a beautiful emerald necklace].

(高見 1995: 151)

この会話文では、ジョンがメアリに買ったものは何かを尋ねています。従って、Bの発話では「綺麗なエメラルドのネックレス(a beautiful emerald necklace)」は、質問された内容=Aの知らない情報(新情報)になります。この場合、重名詞句移動は新情報の目的語を文末に移動するため、(6)の条件に合致するため問題は生じません。

一方で、ジョンがエメラルドのネックレスを買ったことはもう知られており、それが誰宛のプレゼントなのかを尋ねる次のような会話では、重名詞句移動を用いた英文を使うことはできません((9B)の文法性/容認性の判断については注2を参照)。

(9)

A: Who did John buy a beautiful emerald necklace for?

B: #He bought for Mary [the beautiful emerald necklace].

(高見 1995: 151)

このような文脈で(9B)のような重名詞句移動を用いることができないのは、文末に移動している目的語 the beautiful emerald necklace が定冠詞theを伴う旧情報であり、したがってこの語順が(6)の条件に違反するからです。

場所要素倒置構文についても事情は同じです。場所要素倒置構文は、一般に新情報にあたる主語を文末に置き、主語の存在をアナウンスする提示文として働きます。従って、主語が旧情報である場合、あるいは文頭に現れる場所要素が主語よりも重要な情報である場合には、場所要素倒置は許されません。

(10) They have a whole bunch of pots in the kitchen, [# and in a great big tank are sitting all of the pots]. (Ward, Birner, and Huddleston 2002: 1386)

 

(10)の文の前半では「彼らはたくさんのポットを持っている」と述べています。この時点でポットの存在は旧情報となります。続くand以降の文では場所要素倒置が起こっていますが、この倒置では旧情報の all of the pots が文末に置かれ、新たに登場した新情報の a great big tank が文頭に現れています。この語順は(6)に違反するため、許されない不自然な語順である、ということになります。

以上のように、英語の語順は(6)のような情報構造の条件に従います。したがって文法上、利用可能な語順であっても文脈上の理由で使えないことが多々あるのです。これが、私たちが、英語の多様な語順に触れる機会を減らし、「英語の語順は不自由」という印象を作っている原因の1つだと考えられます。

情報構造に基づく説明の例外

「旧情報から新情報へ」という情報構造に基づく説明(6)は、英語の語順の使用に対する制限をうまく説明してくれます。この条件は、具体的な文法事項(話題化、重名詞句移動、場所要素倒置 etc.)の名前を一切用いておらず、その点で極めて一般的です。一般化することによって、異なる文法事項に基づく語順を一網打尽に扱うことができました。その一方で、(6)の条件には例外が存在します。

第1の例外は、(6)の条件は話題化や重名詞句移動などの文法事項を適用した、いわば特殊な語順(有標語順)にしかあてはまらない条件である、ということです。言い換えると、これらの文法事項を用いていない標準的なSVO語順は(比較的)文脈の影響を受けずに用いることができます。従って「文頭に新情報、文末に旧情報」という語順も許容できるのです。

(11) Who gave you that magazine? ― Bill gave it to me. (Quirk et. al. 1985: 1375)

この会話文では「誰から雑誌を貰ったか?」を尋ねており、返事にあたる第2文では、雑誌を貰った (to) me は旧情報、Bill は新情報にあたります。したがって第2文は、新情報が文頭、旧情報が文末に現れており(6)に違反しているにも関わらず、まったく問題のない文になっています。

このように、話題化などの特別な文法事項を用いていない、普通の語順(無標語順)においては、(6)のようなコミュニケーション上の制限があまりかからないことが知られており「談話法規則違反のペナルティー」などの名で呼ばれています(久野 1978)。

第2の例外として、要素を文頭に移動する話題化が、旧情報ではなく新情報を文頭に移動させることがあるという事実を挙げることができます。新情報を文頭に移動する話題かは特に「焦点の話題化(Focus-Topicalization)」と呼ばれていますが3旧情報を移動させる話題化(話題の話題化)と、焦点要素を移動させる焦点の話題化は、意味だけではなく、発音上・文法上の違いがあります。両者の相違の概観については大庭・島(2002: 第2章)などを参照。、これは(6)の条件だけでは捉えられない文法事項でしょう。

(12) A: Did you want tea?  B: [Coffee I ordered.]

(Ward, Birner, and Huddleston 2002: 1981)

第3の例外として、話題化や重名詞句移動などの語順変化が情報構造とは無関係に、発音上の理由で用いられる場合があるという事実があります。例えば、重名詞句移動は「長い要素(発音上「重い」要素)を文末に移動させることで、文構造をわかりやすくする」ために用いられる場合があります。

(13) You’ll find on your desk the company’s latest financial statement.

(Ward, Birner, and Huddleston 2002: 1383)

(13)で文末に移動している目的語は定冠詞 the を伴う旧情報です。しかしながら、全体として非常に長い名詞句であることが動機となって文末に移動しています。これは(6)の条件とは別の理由による移動です。

おわりに:具体-抽象の間をゆらぐ

ここまでの議論を簡単にまとめると次のようになります。

  1. 英語はSVO以外の語順を用いることでもできる(話題化、重名詞句移動、場所要素倒置)。
  2. 英語の語順は「旧情報から新情報へ」という情報構造上の制限を受ける。
  3. 情報構造上の制限では捉えられない事実(無標語順は情報構造の点で比較的自由、焦点の話題化が存在する、情報構造とは無関係に重名詞句移動が用いられる場合がある)が存在する。

「旧情報から新情報へ」という(6)の一般化は、英語の語順上の制限に対してうまい説明を与えてくれます。しかし、より幅広い例文に目を向けてみると、これではうまく説明できない多くの文があることもまた事実です。

一般化・形式化という思考は、物事を説明する上で強力な武器になる一方で、時に、それに当てはまらない事実を見落としたり、過小評価したりすることにも繋がります。もし(6)の条件だけを信じ込んでしまったら、その後に見たような様々な例外を無視したり、間違った扱いをしてしまう結果になっていたでしょう。この点で、一般化・形式化は諸刃の剣であると言えます。

このような、一般化・形式化のデメリットを避けるためにはできるだけ幅広い事実に目を向けることが大切です。また、手持ちの一般化を無理に当てはめようとはせずに、まずは仮説による予測・先入観によって事実を捻じ曲げないように注意して、目の前の事実を虚心に見るよう努める姿勢が求められます。そのような眼を持つことで、はじめて焦点の話題化(12)や、情報構造とは独立の重名詞句移動(13)といった事例の特徴を、より正確に捉えることができ、また、自分が持つ一般化を修正し、ブラッシュアップしていく機会を得ることができるのです。

ここには、2つの思考の軸があります。1つは、できるだけ幅広い事実を一挙にとらえようとする「抽象化」に基づく思考で、もう1つは1つ1つの個別の事例を丁寧に拾い上げていく「具体化」に軸を置いた思考です。これらは車の両輪で、どちらか片方だけでは物事を正確に捉えることができません。ときには、物事を抽象化しながら形式的・一般的な仮説を作り、ときには、それらの仮説による色眼鏡に惑わされずに目の前のただ1つの事実と向き合う必要があります。この抽象と具体の行ったり来たり(「抽象のはしご」の上り下り)の中で、自らの考えを磨いていけるのではないでしょうか。具体と抽象の間で「ゆらぐ」ことが、確固たる「知」の形成に繋がるのだと思います。

参考文献

Quirk Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. (1985). A Comprehensive Grammar of the English Language, Longman: London.

Takizawa Naohiro (1987) A functional analysys of topicalized sentences in English. English Linguistics 4, p.221-p.237

Ward Gregory, Birner Betty, and Huddleston Rodney (2002) Information packaging. The Cambridge Grammar of the English Language.  Huddleston Rodney, and Pullum. K. Geoffrey (eds.) p.1363-p.1447, Cambridge University Press.

大庭幸男・島越郎 (2002) 『左方移動』(英語学モノグラフシリーズ10)研究社

久野暲 (1978) 『談話の文法』 大修館

高見健一(1995) 「日英語の後置文と情報構造」 高見健一(編)『日英語の右方移動構文―その構造と機能』p.149-p.165  ひつじ書房

Footnotes

Footnotes
1 以下で紹介する構文を用いた英文を文法的と感じるか、については個人差があります。例えば、目的語の話題化については、これを問題なしと判断する英語母語話者もいれば、非文法的だと判断する母語話者もいます。ここでは、議論を進める都合上、このような個人差は捨象しています。文が不適当に感じられるような例は、文法規則に違反した例と区別して”#”で表記します。
2 例文(7)は、引用元ではアスタリスク”*”を付されています。しかし、Takizawaはこの例文に対して”unacceptability”という言い方で評価しているため、この文は(意味的・語用論的制約には違反している者の)非文法的ではないと言えます。したがって、これは意味・談話に関する容認性(Acceptability)の問題であると考えられます。以上の理由より、本文では表記法の統一の理由から、この文の文法性/容認性の表記には”#”を用いました。以下、例文(9)も同様。

補足情報として、狭義の文法的(統語的)な要因に基づく文の良し悪しは「文法性」と呼ばれ”*”で表記する一方で、”#”で表記する「容認性」は、文法以外の要因に基づく文の良し悪しに関する問題です。例えば「*太郎が を-カレー 食べた」は文法的な理由で排除される一方、「ペンが机の上にいる」は意味的な理由で排除され、母語話者の直観上、質的に異なるものに思われます。情報構造上の要因から「不適切」と感じられるような例文は、主に容認性に関する問題と考えられます。

3 旧情報を移動させる話題化(話題の話題化)と、焦点要素を移動させる焦点の話題化は、意味だけではなく、発音上・文法上の違いがあります。両者の相違の概観については大庭・島(2002: 第2章)などを参照。

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